“わだつみの詩”












  わだつみの詩 








 お前の瞳は、左右の色が違っていた。


 平素はそうとは気付かぬ。しかし”しるし”が現れると、右は艶やかな緋色、左は鮮やかな藍色となる。まるで清水で洗われた石のように、つるりと光を受けるまなこの美しさ、さえ。
 そうして、お前は小舟の上で海を映した空を見上げ、磯を切る風を受ける。
 内海を渡る海鳥の影がお前の上を過って、わだつみに消えた。


「○○○○、鳥居が見えたぞ。つまり、社と鳥居が重なって見える道が参道ということか?」


 お前は歌うようにそう訊ねてきた。肩の辺りで禿の如く切りそろえた髪が揺れる。
 成る程、陽の光を受け、起立する鳥居の潔いこと。
 瀬戸内の海に浮かぶ荘厳な社の、朱色の柱と黒の甍が鱗のように光る。竜宮城が本当にあるならば、その似姿がこの神社ではないか。
 揺蕩う波に、兄が舞う青海波と、弟の奏する篳篥や笙、お前が爪弾く琵琶の音が滑ってゆく。
「……美しいの」
 そう言って微笑むお前の白い横顔は、なほ柔らかく。彼の日、たしかに


 極楽浄土とは斯くあるべし、と。 


 嗚呼、だのに、
 彼の時、お前の光は永遠に失われ、お前は右に此岸の亡者を、左に先の常闇を見ることになったのだ。此の現世でなく。何故、その様な罰を受けねばならぬ。お前が何をしたというのだ。
 己はお前の目を覗き込む。
 この澄んだ玉のような瞳に、此の海は二度と映らないのか。


「……○○○○、泣くでない」


 お前の白い頬に、此の両の目から幾つもの水滴が落ちて跡をつくる。
「もう、儂は見るべきものは見たのだ」
 小さな手の、お前の細い指が、この頬に、額に触れる。
「なくな」


 おぬしの顔は忘れまいぞ、と。


 儚く微笑むお前を掻き抱いてやりたいが、既に己の左腕は失われて仕舞った。右腕のみでお前を抱え、己は咆哮した。
 寄せては返す細波の、絶え間なく浜に打ち上げられる屍の真ん中で、己は誓った。


 けっして、決して違えぬ。
 お前との約定だけは、かならず、








 尼ぜ、我をばいづちへ具して行かむとするぞ。


 と仰せければ、 いとけなき君に向かひたてまつり、涙を抑へて申されけるは、


 君はいまだ知ろしめされさぶらはずや。前世の十善戒行の御力によつて、今万乗のあるじと生まれさせたまへども、悪縁に引かれて、御運すでに尽きさせたまひぬ。まづ東に向かはせたまひて、伊勢大神宮に御暇申させたまひ、その後西方浄土の来迎にあづからむと思しめし、西に向かはせたまひて御念仏候ふべし。この国は粟散辺地とて心憂き境にてさぶらへば、極楽浄土とて、めでたき所へ具しまゐらせさぶらふぞ。


 と、泣く泣く申させたまひければ、山鳩色の御衣びんづら結はせたまひて御涙におぼれ、小さくうつくしき御手を合はせ、まづ東を伏し拝み、伊勢大神宮に御暇申させたまひ、その後西に向かはせたまひて、御念仏ありしかば、二位殿やがて抱きたてまつり、


 波の下にも都の候ふぞ。


 と慰めたてまつつて、千尋ちひろの底へぞ入りたまふ。


 
「止めろーーー!!」
 九郎義経の怒声が響いた。
 渦を巻く壇ノ浦の海に、二位殿の鈍色の衣とちいさき帝の黒い御髪が、舞う。御神鏡を脇に挟み、宝剣を腰に差し、まだ八つになったところの幼子を抱えて、時子は海に飛び込んだ。
 続けて建礼門院や女房達も船縁から海へと乗り出す。止せ、と源氏の侍どもが声を上げ、水夫が櫂を波間に差入れて、女達の髪を絡め取ろうとする。黒く豊かな髪は掬いやすいが、尼君と帝は海の底へと沈んでゆく。
 板東武者たちの幾人かは鎧を脱ぎ海に飛び込んだが、渦を巻く海に阻まれ、先を行く二人に手が届かぬ。


 幾多の平氏と源氏のものたちが波間に揺蕩う。
 それぞれ生きながら、また事切れて、ゆったりと沈んでゆく。
 その間を大小の鱶が鋭く擦り抜けては、引き返す。
 波が高くなる。
 ……嗚呼、海の底が光る。
 其処には京の都にも劣らぬ、まるで在りし日の福原のような、美しい、








「平家物語ですか」
 ひょい、とこちらの手元を覗き込んで、後輩記者がそう訊いてきた。
 帝都新聞の瑞垣は思考を、否、既に夢想になっていたものを中断する。態と大きくため息を吐き、記者倶楽部の机に広げていた平家物語や源平盛衰記、その関連資料から顔を上げた。
「あら、さすが野々村さん、これだけの資料でよくお分かりですね」
 と瑞垣が妙なシナを作って答えると、叩き切るような返事が返ってきた。
「これだけ、と言われても、壇ノ浦ですよね。幼年学校の子でも知っているんじゃありませんか」
 ……事実であろう。瑞垣はヤレヤレと肩をすくめる。
「つまらん男やな。はい、琵琶法師に弟子入りしていた時期がありますので任せて下さい! ぐらい言うたらどうや」
「さて、こちとら記者一筋で来まして、琵琶法師に弟子入り、してないですからねえ」
 毎朝新聞の野々村が真顔で発する回答に舌打ちする。とはいえ、ここまでが既に様式美なのだ。ふう、と息を吐いて瑞垣は野々村に訊ねた。
「沙羅双樹は、そろそろ咲いたか?」
「ええ。たしか大使館脇の街路樹がそれでしょう」
 春の笑みが深い。
 母国ほど繊細ではないが、この上海にも季節の移り変わりはあった。窓から吹き込む風が、日増しに柔らかくなっていることくらいは瑞垣も感じては居るし、漸く、井戸の水の冷たさに顔を顰めないで済むようになっていた。
 もう少し経てば、沙羅双樹の白い花と緑の葉の対比が映えるだろう。
 茶でも煎れましょう、と野々村が笑い、改めて問うてきた。
「それにしても、平家物語とはまた、どうして?」
 瑞垣は僅かに眉を上げる。この後輩が知らないというのは少々意外だった。となると、あと知っていそうな輩と云えば……
「そういや、塩塚はどうした?」
「はい、お呼びですか?」
「うおっ」
 不意に軽薄な声が後ろから返って来て、瑞垣も仰け反った。上海日日新聞の塩塚が相変わらずへらへらと笑っている。


 こいつは、知っているな。


 即断し、瑞垣は顔だけ塩塚の方を向いて訊いた。
「お前は琵琶法師に弟子入りしとったな? 一曲頼むわ」
「いやいや、弟子入りしてたのは講談師で、赤穂浪士の討ち入りなら得意ですよう。時は元禄〜ってね。平家は”祇園精舎の鐘の声”ぐらいですねえ」
 嘘を吐け、とは思ったが瑞垣も口には出さぬ。
 何れにせよ、本題に入るべし、と三人は記者倶楽部のいつもの場所で歓談と相成った。




「それで何故、今、壇ノ浦なんですか?」
 野々村が台湾産という緑茶を注ぎながら問うた。
 瑞垣は、例の如く塩塚が何処かからもらってきたという揚げ餅をつまみつつ、卓上に平家物語絵巻を広げた。壇ノ浦の合戦を描いた場面の写しだ。
 赤い旗を立てる平家の船が1000艘、白旗の源氏の船が3000艘、渦を巻く海中に、海豚の影が見える。
「吾妻鏡では平家が500、源氏が800だそうです。そっちのほうが現実的でしょうかね」
 塩塚が茶々を入れながら揚げ餅を頬張った。
 壇ノ浦は関門海峡、本州と九州の狭間にある浦だ。現在の行政区では山口県下関である。
「所謂、壇ノ浦の戦いと云えば、源平合戦のクライマクスやな。平安末期に台頭し、繁栄を誇った平家がここで滅亡する」
 平清盛が没したあと、急速に力を失った平氏は、代わって武家の棟梁として東国をまとめて台頭した源氏との決戦に敗れた。そうして滅びを悟った清盛の正妻・平時子は安徳帝と共に壇ノ浦の海に身を沈めた。
「三種の神器とともに」
 そこで瑞垣は顔を上げ、野々村と塩塚を見遣る。
 三種の神器、八咫鏡(やたのかがみ)、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)若しくは草薙剣のことである。さすがに此れを知らない記者は居ない。野々村も塩塚も意味ありげな顔で頷いた。
「こっちの平家物語には、追い詰められた二位尼君・平時子は剣を腰に差し、鏡を胸に入れ、安徳帝を抱いて海に飛び込んだ、とある」
「一方、吾妻鏡では宝剣と鏡を尼君が、按察局が安徳帝を抱いて入水したとあるんですよね。微妙な差がまた小癪ですねえ」
 まったくその通りなのだが、塩塚が口にすれば余計に小憎たらしい。瑞垣は、ふんと鼻を鳴らすと更に絵巻を捲る。平家の大きな唐船、鎧のまま八艘飛びをする義経、碇を身体に巻き付ける知盛と、これでもかという名場面が続いている。
「ま、誰も思ってもみなかったんでしょうよ。まさか帝と神器諸共、海に飛び込むとは」
 恐らくそうなのだろう。
 あまりに惨い……決断だったのだ、何の罪もない幼子を。しかし、確かに生き延びたとしても、崇徳帝のように何処かに流されるか、飼い殺しになるのは目に見えていた。
 瑞垣は深く息を吐く。
「何れにせよ、この後、鏡と勾玉は浮かんできた、又は浜に流れ着いたが、時子と安徳帝は死亡、剣も行方不明、とされている」
 勿論、それぞれに諸説あるが、二人の命と宝剣が失われたというところは一致している。また平清盛の三男・勇壮な武将として知られる知盛も死亡、逆に知盛の兄で平家の棟梁・宗盛は死にきれず泳いでいたところ捕縛され、安徳帝の母である平徳子も髪を絡め取られ助られている。
「この合戦で勝利した源氏が新たに武家の頂点に立った。が、この壇ノ浦の顛末には頼朝も困った、というより激怒したらしい。特に、退位した事になっていたとはいえ、安徳帝と宝剣を失ったのが痛かった。平家が三種の神器を持ったまま都落ちしたことを考えても、それなりに彼の宝物が皇統の証明ではあった訳やな」
 此れを許さなかった頼朝は、みすみす帝と神器を失った義経を叱責した。この後、兄弟の相剋が深まったという言もあるが、それは穿ち過ぎだろうと瑞垣は思う。元々、あの兄弟は決裂するはずなのだ。まあ、それは今のところ本題ではない。
「合戦のあと、頼朝は総大将でもある弟の範頼に命じて、宝剣をずいぶんと探させている」
 瑞垣の解説に野々村が首を傾けた。
「範頼……は、頼朝の腹違いの弟でしたか」
「せやな、義経とも母親が違う。義経は水路で屋島から平家を追ったが、陸路で九州から攻めたのが範頼や」
 源範頼による剣の捜索は難航した。
 それはそうだろう。今のような操船や潜水の技術もない時代だ。海底に沈んだ剣を探すのは、それこそ砂浜に落ちた小さな玉を探すようなものだ。見つかるものでは……あるまい。
 しかし、この神器自体が非常に奇妙な存在であった。
「そも、壇ノ浦に沈んだのは形代や、云われてる」
 神代から受け継がれた神器のうち、鏡は伊勢神宮、剣は熱田神宮に本体である御神体があるという。だから元々、海に沈んだ宝剣は”本体”ではないのだ。結局、散々に探し回った挙げ句、天叢雲剣の形代が失われたとして、新たな剣が形代に選ばれた。
「かたしろ、つまりレプリカントですか?」
「否、形代は……どちらかというと、分身に近いな」
「ですかねえ。本体から神気を受け継いだもの、だそうですが。要するに分身と云われていますが、まあ、レプリカントですよ」
 塩塚の解説は身も蓋もないが、その通りである。”かたしろ”等というものは、ヒトに都合の良い暖簾分けのようなものであろう。
 三種の神器は実に数奇な運命を辿ってきた宝物だ。源平合戦の最中に平家と共に都落ちした以外にも、その存在が危うくなるエピソードは幾つかある。南北朝時代、南朝方に持ち去られた神器と、北朝が保持していると主張する神器のふた組が存在していた時代さえあった。結局は南朝の神器を北朝が査収することで決着したが、おかげで今も、本物の神器は後醍醐帝が持ち出した後に隠匿し、今ある神器は偽物だという昔話を鼻で笑えない。また、室町時代には南朝の遺臣によって勾玉と宝剣が強奪された。禁闕の変での出来事だが、何故か剣だけが翌日に清水寺で発見され回収されている。これもまた、謎が多い事件であった。 
 それにしても、日の本の国の主が所持するものを、いとも簡単に持ち出せるようにしていた、というのが如何にも危うい。その後、朝廷は三種の神器の処遇を検討したようだ。現在、皇室は宮城で勾玉の本体と鏡と剣の形代を保管している。
 と、いうことになっている。
「では、壇ノ浦に沈んでいるのは形代として……どういうことですか?」
 ふっ、と野々村が鋭敏な顔で問うた。
 瑞垣がすいっと塩塚を見遣れば、後輩記者はヘラヘラと笑いながら肩をすくめた。仕方がない、瑞垣は腹に力を入れて声を切り替えた。
「実は、八咫鏡も一度、燃えてるらしい」
「ええっ、燃えた!? 燃えるんですか? 鏡って」
「今の鏡とちゃうで、古代の鏡は金属だけやのうて、混ざりもんも多い。燃えることはあるらしい」
 瑞垣が丁寧に解説すると、野々村にしては非常に珍しく、眉尻を下げてぽつりとこぼした。
「なんだか……少し、がっかりしますね……」
「わかります、わかります。陛下が持つべきお宝が、そんな脆弱とはねえ」
 深く頷いている塩塚を、瑞垣は余計な事を言うなと小突いた。二人の落胆も尤もだが、こればかりは物理的に仕様がない。
「ま、鏡も例の如く形代や。新しい鏡を選んで一件落着……だが、燃えた鏡はともかく、本来あるべき処から持ち去られ、失われてしまったのは、壇ノ浦での宝剣の形代だけや」
「……まあ、そうですね」
 曖昧に頷く野々村に、瑞垣は決定的な事実を告げた。歴史書でも物語でも何でもいいが、あの壇ノ浦に宝剣が沈んでいると耳にした日本人なら、誰でも一度は思ったことがあるだろう、おそらく。


「形代は偽物やない云うたろ。形代であっても、もし見つけたら、手中に収める事が出来たなら……そいつは、日の本の兵どもの主になる」


 ごくり、と、誰かの息を呑む音さえ聞こえるほど。記者倶楽部の空気が一瞬、止まる。
 そう、だからこそ、失われた宝剣を探す価値が。
「……手に入れた者が、日本の主に成ると?」
「与太話の類や、現代ではな。でも、それが例えば動乱期であったなら……可能性は、無いとは言えない」
 言霊は力になる。天皇の証(レガリア)と云われる宝物、つまり、本邦の最高機関を司る神器は、その持ち主に神格が与えられる。真実の宝剣を持つ者が現れたなら、それは天が選んだ存在なのではないか、と。
 乱世に、そう嘯く実力者が現れたとして。


 新しい時代の寵児が。


 ふう、と瑞垣は大きな息を吐く。野々村も茶碗に手を伸ばした。
「器に合わせて、虚像がでかくなるっちゅうこった」
「虎の威を借る狐、でしょうか」
「まさにそれですかねえ。でも、騙される輩も多いんですよ、なんせ“神器”ですから」
 と、にやにやと笑う塩塚に茶のお代わりを要求しながら、瑞垣はべらりと本邦の年表を座卓に広げた。
 これまで、宝剣が大々的に探された事とは幾度かある。
 壇ノ浦直後以外に、南北朝時代はその所有権を巡って熾烈な争いがあった、のは有名な話だ。そしてそれ以降も応仁の乱、豊臣秀吉、大坂の陣、幕末と、国をひっくり返すような動乱期に『本物の宝剣』を探す御伽噺には事欠かない。
「それほど、宝剣は望まれている」


 確かに。
 この国の兵どもが、必ず、かならず手にしたかった印。
 血塗られ、呪われた宝だというのに。


「は? 呪われた?」
 野々村が短く声を上げた。ああ、それです、と新しい鉄瓶を持ってきた塩塚が口を挟んだ。
「僕も最近、聞いたんですけどね。宝剣、はそれ自体が呪具だという話があります。保管されている熱田神宮の神官等、これまで宝剣を盗み見た者は全て死亡、若しくは流罪となっていると」
「ええっ!?」
「他にも南北朝の頃、足利から依頼され壇ノ浦から宝剣らしきものを引き上げた漁師は、そのまま剣に腹を割かれて死に、目玉を切られた息子は琵琶法師になった、という昔噺もあります」
「とばっちりやな」
「残酷に過ぎますねえ」
 と、云う塩塚の顔はまだ緩んでいる。地顔が笑顔なのだ。
 そもそも、天叢雲剣は草薙剣とも呼ばれるが、彼のスサノオがヤマタノオロチからクシナダヒメを救った際、大蛇の尾から見つかったとされている。それ以降、ヤマトタケル、引いては王家を庇護する神具となったが、蛇、つまり龍の眷属から賜ったものとして、役目を終えた宝剣を安徳帝が竜宮城に奉納したという説さえあった。
 覗いた者を悉く損なう剣。
 唯の人が持つには余りに重い、竜の化身とも。
「……人の身に過ぎたものを、何で残しておくんか」
「神々の気紛れ、でしょうかね」
 何れにせよ、幾度も盗難に遭うが、その度にすぐ見つかっていることからも、まるで剣が意志を持って持ち主を選んでいるかのように見える。


「それでも、今も……探されている、らしい」


 瑞垣の囁きに、野々村は強く眉根を寄せた。
「いまもですか…?」
「今だから、かもですねえ」
 今だから? と、更に不審そうな顔をする野々村に、瑞垣は塩塚に今度はお前が説明しろと顎をしゃくった。こいつはもう完全に黒だ。
「恐らく、今上のお加減が宜しくないのでしょう」
「……陛下の?」
 明治帝から皇位を継いだ今上は、残念ながら父と異なり、心身頑健な質でなかった。故に先年、二十歳となった東宮裕仁親王が摂政に就任し、天皇に変わって大権を行使することになった。以降、摂政宮と称されているが、つまり、
「それだけ、今上の健康状態が思わしくない、いうことや」
 即位当時から危惧されてきたことだが、それが現実になったということでもある。日清戦争、日露戦争、世界大戦と大戦が続き、不安定な政情の元、国の舵取りをするに心許ないと、誰もが口にせず思っている。
「しかし、摂政宮は聡明で、ご健勝であらせられると聞きますが」
「まあなあ。でも、その希望の摂政宮様も今はまだ、二十歳そこそこの若造や」
 明治帝が践祚したのは満十四歳であったし、それこそ源平の昔、九郎義経が伊豆で挙兵した兄・頼朝の元に馳せ参じたのも二十二歳というが、時代が違う。摂政宮もようよう皇太子妃を娶ったが、まだ懐妊の報は出ていない。
 そんな時代だからこそ、
「失われた宝剣を、探す輩がいる……ということですか」
 レガリアを。
 本邦の主の証を。


「それは、何処で……いや、誰が探しているんですか?」


 野々村が漸くそこに気付いた。
 そうなのだ。件の宝剣が失われたのは関門海峡近くの海である。当然、其処から引き上げるところから話は始まるはずだ。はずなのだが。
「このご時世、潜水自慢の水夫を集めて壇ノ浦に潜って大々的にお宝を捜索、いう話にはならん。否、むしろそんな御遊戯としてなら有り得るのかもしれんがな、そもそも本気の宝剣探し自体が……問題視されるやろ」
 軍部が力を増している昨今、皇室への冒涜、若しくは神器の略奪。殆ど反逆罪に近いと取られるのではないか。治安維持の妨害等と難癖をつけられる恐れもある。
 現状、意図するだけで危うい計画を遂行しようとするのは、誰か。
「まずは……元々の持ち主、つまり皇室、ということでしょうか」
 野々村の言に瑞垣も浅く頷く。
「せやな。まずは自分たちで確保したいやろ。一番角が立たない、というより、そもそも身から出た錆や」
 さすがに言い過ぎです、と野々村は窘めるが、塩塚などは「ですよねえ」と強く頷いている。壇ノ浦はともかく、南北朝のゴタゴタなど明らかに内紛なのだ。また、立ったばかりだったからとはいえ、しっかり捌けなかった室町幕府、足利の手落ちでもあるが。
 野々村は広げられた平家物語絵巻を眺めながら、とはいえ、と首を傾げた。
「今の時点で……具体的にお上がそれを企図したとして、動けるものですかね?」
「無理やな。だから軍部が皇室を助けよう、というより、一枚噛もうとするはずや」
「ん? もしかして、軍部が積極的に捜索を?」
「ええ、その通り。正確に云えば、軍部”が”でしょうが」
 野々村の推論を塩塚が引き取った。
「現時点で今上の、”天皇”の基盤が揺らいで困るのは、内閣より軍部でしょう。しかも、もし宝剣が見つかれば……これ以上はない強力な“御印”となります。兵どもの主の証ですから」
 近頃の独断専行が目に付く軍部の動きを見るに、好機とばかりに神器を我が物にしようとしても不思議ではない。今の軍部なら、宝剣を盾に“天皇”を取り込もうとさえするやもしれぬ。
 だが皇室も内閣も、そもそも軍部に口を挟まれたくないはずなのだ。
「此処でまた厄介なのが、陸軍と海軍の不仲です。海中の捜索、しかも関門海峡なら海軍さんの出番ですが、こと皇室の話になると陸軍さんが出張ってくる。一悶着あるでしょうね」
 実に楽しそうに語る塩塚だが、瑞垣はこれ以上もない渋い貌になる。どうしようもない内輪揉めだが、確実にそれは起きているだろう。陸軍には親王や宮家の縁者が多い。結局は三つ巴だ。
「表面上は手に手を取り合って宝剣を取り戻そうと協力しあう、と見せかけて、足の引っ張り合いいうのが本当の処やないか?」
「ですねえ……お互いに相手を出し抜いてやろう、というのが本音でしょうね。だから混乱してるんでしょう」
 やはり知っていたか。
 その塩塚の物言いに、瑞垣はつい舌打ちするところだったが、それは止めて揚げ餅を頬張る。最初から解っていたことだ。
「はっ? 混乱?」
 柄にもなく頓狂な声を上げた野々村に、餅を咀嚼し終えた瑞垣が応えた。


「壇ノ浦に沈んだはずの宝剣が、見つかった、らしい」


 断定的に具された言葉に、野々村はしばらく瑞垣を見詰め、それから塩塚の顔を窺い、もう一度戻って来た。いつもの穏やかな顔が半分笑い、半分泣いているように見えた。
「嘘でしょう? 否、そんな、まさか」
「ええ、そのまさかです。と、云いたいところですが、本当に微妙なところで」
 取りなすように、というよりは茶化すような口調の塩塚も、今度は目が笑っていない。ふう、と瑞垣も息を吐き、天井で胡乱に回るファンを見上げた。
「しかも噂の出処が解らん。ただ外務省も陸軍も海軍も、どこもかしこも浮ついとる。明らかに隠し事をしているのに、誰も”それ”のことは口にしないし、知っている前提で動いてる。噂だけがひとり歩きや」
「もし本物だったら……決して、公に出来る話じゃありませんからね、極秘情報です。なのに、みんなが知ってるんですよ」
 そう。
 瑞垣が此の件を知り得たのは、元はといえば外務省に勤める同居人の同僚からだ。そして、塩塚は恐らく陸軍に伝手がある。それであっても、新聞記者に嗅ぎつけられる程度に、もう隠し切れていないのだ。


 誰もが知っているのに、
 誰も知らない振りをし、
 しかし、誰もが求めている。


 むう、と野々村の眉間に力が入る。そして、非常にうっすらと塩塚の双眸にも光が入った。
「政府でも軍部でもない、となると……第三極が?」
 そうなのだろう。それしかないのだ。
 だが、
「その第三勢力のあたりがまったくつかない。平家の落人、とか、南朝の生き残り、徳川幕府の遺臣、と云われても不思議やないな」
「あまりに今更ですねえ……隠れキリシタンの呪いも入れておきますか?」
 塩塚がニヤけた笑みを浮かべるのに、結構だ、とにべも無く断る野々村だったが、さすがに理解が早い。
「つまり、本当に誰も知らない、ことが問題なんですね?」
「その通り。これ程の極秘情報が世間で出回ってる時点でダメなんですが、その上、」


「……見つかった宝剣が、此の上海に持ち込まれた、と」


  !!


 もう、驚く事さえ無駄に思えるほどに。
 此の魔都に、あの宝剣が。
 その、絵空事のような噂の、何と蠱惑的なことか。室内に満ちた沈黙に、記者倶楽部の面々も夫々その夢想に思いを馳せ、それが見えない煙のように漂う。
 見た者の身を損なう呪われた宝剣だとしても、若し其れが眼前に現れたなら、果たして。


  ジリリリリリーン
   ジリリリリリーン


 と、突如、響いた電話のベルで我に返る。
 ほう、と、皆で大きく息を吐いた。記者倶楽部に漂っていた夢想はまさに一瞬で霧散する。野々村はすっかり冷えた茶を口にしてから、そっと問うた。
「……此の件、瑞垣さんのご友人からは何か、情報は?」
 同居人は外務省書記官だ。何ならこの話に直に関わっていてもおかしくないのだが、
「あったら、こんなところでくすぶってるかい。あいつ、今は北京へ出張中でな」
 それも意図されているような気はしていた。関係者以外が遠ざけられて、情報が統制されている。だから問題は、誰の意図か、ということなのだ。
 疑惑の中心に居るのは、誰だ。
 そこで、塩塚が更に意味深な視線を向けてきた。若造の意図について予想は付いている。もぞもぞと動く塩塚を促せば、待ってましたとばかりに彼は口を開いた。
「あのぅ、僕、この話、すっごく向いてる、というか、何かを知っていそうな人物に心当たりが……あるんですよねえ」
 またチェシャ猫のように笑う若造に、思わずもう一度舌打ちをするところだった。その代わり、瑞垣は殊更大きなため息を吐き、不承不承、応えてやる。
「……奇遇やな、己もそんな気はしてる」
「でしょう!」
 そうこなくっちゃ、と云う塩塚に、野々村は「というと?」と首を傾げている。
「小張様ですよ、元海軍少将の」
「ああ、例の狩野永徳の……美術コレクタの方ですか」
 先の鳥獣戯画の件で知己を得た元海軍少将は、ある宮様のご学友だったはずだ。その線からも何らかの情報を得ている可能性は高い。何より、あの小張家の黒衣の男なら……知っているだろう、間違いなく。
 そんな予感はある。


 彼の男であれば……件の宝剣を見たことがあるのではないか、とさえ。


 怜悧で不吉な、まるで死神のような姿を思い出す。
 それと、酷く苛烈な其の主の秀麗な顔も。
「瑞垣さん、お願いしますよう、僕、あのお屋敷には出禁くらってるんで」
「なんや、まだあそこの少将様に嫌がられとんのか」
 恐らく避けられているのは陸海軍の軋轢のせいであろうが、この若造の処世術でもある気がした。君子危うきに近寄らず、か。
 何度目かの舌打ちを飲み込んで、瑞垣は煙草を取り出す。塩塚に燐寸を出させながら、丁稚として遣っている貞吉を探した。小張家に使いを出さねばならない。彼の男なら、特に知らせなくても、彼の男たちなら来客を知り得るような気はしたが。
 何れにせよ、瑞垣としても次の手は此れしかなかった。探さずには居られないのだから。


 幻の宝剣の在処を。








 小張邸を訪うのは、早春の観梅会以来だろうか。
 いつでも眩暈のしそうな緩い坂を登った末に、見覚えのある瀟洒な門扉に辿り着くと、まさに黒衣の男が出てきたところだった。いつもの通り、仕立てのいい漆黒の背広姿の男は、改めて見ても死神に近い。その細面の美しささえ。
「お久しゅうございます、瑞垣さん」
「ご無沙汰失礼しております、日向さん。本日はお時間を頂戴し、ありがとうございます」
 上滑りする挨拶を述べつつ、しかし小張家の家令である日向はにこりと微笑んだ。
「いえ、旦那様は楽しみにされておりますよ。もうすこし……何もなくともおいで頂いてもかまいませんのに」
 その一言で、もう来訪の理由が知られている気がした。否、知っているのだろう。はあ、と低く受け答えしながら、瑞垣は腹に力を入れ直した。
 日向は滑るような足運びで、瑞垣を庭に面した客間に案内した。よく手入れされた庭は、いまは初夏の緑が眩しい。客間もすっかり夏の装いで、掛けられたカーテンも花器も涼しげだ。相変わらず、手ずから茶の支度をしながら日向は云う。
「今年は思いの外早く夏が来ましたので、藤は終わってしまいました。この庭に沙羅双樹はございませんので、次は薔薇でしょうか」
 やはり此の男も知ってるのだ。
 予想通りとはいえ膝から力が抜けそうだが、それならば話は早いと瑞垣も気を取り直した。
「本日、少将様は」
 と訊ねると、日向は窓に近付いて奥を望むようにした。ふむ、と息を吐くと振り返り、「間もなくいらっしゃいます」と告げた。どうやら屋敷の主は庭にいるようだ。
「今日は祁門の紅茶が手に入りましてね。長崎で坂本龍馬が使ったレシピエントから再現したカステラがございますので、お持ちしましょう」
「坂本龍馬?! あ、いえ、いただきます」
 甘党の主に合わせてか、この屋敷の茶菓子は多彩である。塩塚に聞いたところによると、日向自らが作っているものもあるというが、何とも言い難い。いや、実際、どれも珍しく美味いのだが。
 戸惑いつつも、瑞垣もすっかりこの屋敷に慣れている。長椅子に深く腰掛けたところで、


 ガタン、


 と大きな音がする。振り向けば、庭に続くドアが開くと、木刀を手にした稽古着姿の元少将が現れた。常より役者のように整った顔の男だが、稽古をしていたせいか上気した頬が眩しいほどだ。
「よく来たな」
 少将は瑞垣を労うと、ずいっと木刀を差し出す。間髪入れずに日向其れを受け取り、代わりに手拭いを差し出した。それを主が受け取る前に、日向が少将の額に光る汗を拭う。しかし主はそれを小うるさそうに遮ると、手拭いを奪い取った。
 小張元少将は一時期、体調を損ねていたようだが、今ではその片鱗は窺えぬ。勿論、退役したとはいえ軍人だ、各種武術を修め、銃の腕前も相当と聞く。未だに稽古を続けているのも不思議ではないが、それにしてもずいぶんと活き活きと、と瑞垣は心密かに首を傾げた。
「すまんが、もうしばし待て。さすがにこの格好ではな」
 と、意外にもそう断ると少将は客間から出て行ってしまう。着替えてくると云うことだろう。彼の人の気性からして、そのまま応対されるのかと思っていた瑞垣は拍子抜けした。まあ、洒落者の少将様だ、そういう気遣いはあるのやもしれぬ。
 ぼんやりと庭の緑に沙羅双樹の白い花を幻視していると、木刀を仕舞って戻って来た日向が、「大変申し訳ございません」と丁寧に頭を下げる。いいえ、と恐縮しきりで応えるとしかし、茶の支度をする黒衣の家令は眉根を寄せていた。
「お話が……長くなるやも知れませんね」
 こちらも意外だった。てっきり日向が話題の主かと思っていたのだが。瑞垣が頭の中で幾らかの予測をしながら茶碗を手にしたあたりで、また、ばん!と勢いよく扉が開いた。それから、朽葉色から芥子色の暈かしを入れた洒脱な長着を引っ掛けた少将が飛び込んでくる。
「あの、坂本のかすていらはどうした。よく焼けていたろうが」
「用意してございますよ。それよりも、お客人の前でいささかはしたないでしょう」
 その肩書きにも年の頃にも相応しくない、しかし実に嬉しげな少将様は眩しかった。そして、その主を窘める日向は家令というより母親のようだったが、瑞垣もさすがに黙っていた。
 本当に奇妙な主従だが、界隈でも隠し立てもされぬ愛人関係にあるという。
 其れは事実だろうとも思うが、いったいこの二人はどのような来し方で今に至るのか、瑞垣としても気にならないと云えば嘘になる。ただ、其れを知るときは何かが終わるようでもあり、今のままでいいような気がしていた。
 少なくとも、今の二人は満ち足りているように見ゆるので、余計に。




 坂本龍馬のレシピエントによるというカステラは、確かに驚くほど美味だった。
 一時期、長崎に居りましてその頃に覚えました、という日向の弁にはもう驚かないが、それにしても来歴が見えぬ男である。
「美味かろう!」
 と云う少将様に、「はい」と思わず間髪入れず返事をしていた。鶏卵と砂糖を潤沢に使っているのであろうが、日向あたりなら共に出す茶に合わせた配合を研究していそうで侮れない。かぐわしい紅茶と共に何とも優雅である。しかし、今日は単に茶会のための来訪ではないので、瑞垣はさてどの様に切り出すかと機会を伺っていた。
 すると、幾らか残った茶と茶菓子を避けた小張少将は目顔で指図し、日向が浅く頷いた。それから、日向は客間の隣りに続く例のコレクションルウムに消え、程なく和綴じの本を幾らか抱えて戻って来た。
 図録?
 少将は日向から其れを受け取ると、丁寧に開いた。溢れるように広がるのは海の青と、赤と白の旗と無数の武士たち。
「貴様の目的は宝剣の話だろう、例の、壇ノ浦に沈んだ」
 駆け引きも何も無い、はっきりと指された其れに、さすがに瑞垣も絶句する。しかし、小張家の主従は当たり前のように話を続けた。
「上海(うち)にあるのは此れだけだったか?」
「はい、本土のお屋敷には平家正節の写しもあるかもしれませんが」
 広げられているのは平家物語の絵図である。昨日瑞垣達が見ていたものとは異なるが、海面に浮かぶ船とその旗、海中に見える海豚の影、いずれも壇ノ浦の場面を模したものであろう。
 日向が「ご存じとは思いますが、赤い旗が平家の、白い旗が源氏の船ですね」と長い指で絵図を指す。
「平家物語、巻之十一、異説ありますが、壇ノ浦の合戦の場面です。敗れた平氏がここで滅亡しますが、この時、巷で語られる通り、三種の神器は安徳帝と共に壇ノ浦に没しました」
「二位尼殿と共にな。一族の滅亡と帝殺しを引き受けた気丈な女だ。既に平氏の旗色が甚だ悪かったとは言え、まだ壇ノ浦で勝っていれば……とも言えぬか。何れにせよ、武家の棟梁は源氏となる定めだったのか」
 そうして、少将は何か言いたげに家令を見遣るが、日向は黙ったまま別の和綴じの本を開く。其方には鏡、勾玉、宝剣の図がある。
「三種の神器は皇位の証とされていますが、彼の当時、平家が都落ちの際に三種の神器を持ち出したため、後鳥羽帝は神器がないまま即位されています。皇位の継承に必須ではない、そういう規律(ルール)とした、というほうが相応しいかも知れませんが」
 殆ど冷たいと云えるほどの眼差しで、日向は神器の絵を見下ろしている。もちろんそれは想像図で、本当の姿を知るのは皇位を継ぐ者のみ。だからこそ、本来あるべき場所、帝の手に取り戻すことは急務でもあった。そも頼朝は平家追討と合わせ、三種の神器奪還の命を後白河法皇から受けていたからだ。
「……彼の大天狗に貸しを作るためにも、頼朝にとっては三種の神器の奪還は最優先事項だった。下手をすると、戦に勝つよりも重要やもしれぬな」
 少将は詰まらなそうにくるくるとフォークを回しながら歌う。
 大天狗、つまり後白河法皇だ。平安末期のトリックスタァ、太古の昔から魑魅魍魎が蠢く朝廷が凝ったような……化け物のような男。台頭する武士を相手に、大立ち回りを演じた”最後の”帝。
 同じ時期に後白河帝、清盛、頼朝と、希代の政治家がそろう時代などそうそうない。
「九郎殿は、神器の重要性を解っていなかった、と考える向きもございますが、そもそも後白河帝と頼朝殿との取引の内情を読み間違えた、若しくは読み取れなかった、と考えた方が宜しいでしょう」
 淡々と、日向は断じた。
 まるで見て来たように。
「九郎殿は、源氏が平氏に成り代わることが頼朝殿の目的だと思っていた。しかし、法皇様は第二の平家をつくるつもりはなかった。あくまで武士は武士、唯の侍で、その力を借りるにしても政に加えるつもりさえなかった。他方、頼朝殿は頼朝殿で、清盛様が登り詰めた更に上を……武士がこの国の頂に立つことを目指していたのです」
 皇族や公家達を京の都に閉じ込め、実質的な日の本の国の主は自分たちだと勝ち名乗りを挙げる……都に生まれ伊豆に流された流人だった男は、そう心に決めて兵を挙げ、数多の敵と幾多の味方を殺した。
 そうして、無数の屍を踏みつけて、この国の頂に駆け上った。
 真っ黒な孤独を抱え、真っ赤な血に染まり、それでも武士の国の礎をつくった男。
 九郎殿は、と呟いた日向は、いっそ酷薄な目で壇ノ浦の図を睥睨した。
「彼の方のヴィジョンを共有できなかった。それは大きな不幸ですが、更に彼の時は、誰一人想像だにしていなかったのです」


 海の中にも都はございましょう、などと


「……誰も、予想していなかったのですよ。まさか、時子殿が先の帝を抱えたまま飛び込むとは。三種の神器諸共、海の底に沈めてしまうなど、考えもしなかったのです」
 誰も、と。
 源氏の白、平氏の赤。方々で上がる鬨の声と、幾多の船、跳ねる白波、飛び交う矢、響く剣戟の音。有象無象が絡み合い、合戦は永遠に続くとも思われた。しかし潮の目が変わったその時、源氏の援軍が到着し、勝負は決した。
 そうして、この残酷な世界から切り離されるように、やんごとなき御子と国の主を示す神器は波間に消えた。
「見たのか?」
 唐突に。
 そう訊いたのは無論、元少将だった。硬質な高い声は、殊更に冷ややかに響く。麗しい切れ長の目は、何故か質すように己が家令を見ている。
「壇ノ浦で、その有様を」
 其の眼差しを受け止めて、日向は口の端を引き、真逆、と力なく首を振った。
「そのようなこと、あろうはずがございません。七世紀も前の事でございましょう」
 そう応えて微笑む。
 ……ほほえんだ、に、違いないのだが。
 長椅子の隅で身を縮こめていた瑞垣は、そっと息を呑む。700年以上前だ、あるはずがないのだ。それは解っている。だが、それでも、此の男であれば果たして、と……
 瑞垣は、先達ての事件が閉じた日を思い出す。


 この男達はあのとき、何と呼ばれていた?
 此の世ならざるものを見聞きし、彼岸のものと言葉を交わし、目には見えないものを確かに遣り取りしていた。


 ……人外
 其の単語が瑞垣の胸の内に棲んでいる。彼らは此の世の埒外、ヒトの理の外に居る。間違いなく。
 一方で、その片割れであるはずの少将が優美に首を傾ける。まるで挑発するように。
「果たして、そうか? おまえたちはその頃も歴史の趨勢を決める場所に現れていたろう。おまえが平時忠だったとしても、否、北条義時だったとしても、今更、驚かぬ」


  !


 なんと、と、瑞垣は危うく茶を吹くところだった。
 まるで御伽草子のような。あまりに大胆な物言いだったが、少将の目は笑っていない。そして従者の方は、相変わらず細波さえ起きぬ湖面のような目で主を見返している。
「ご冗談を」
 と、また唇だけで笑う。


 本当に冗談なのだろうか?


 問うことが出来ぬ問いは、この部屋の凝った空気に浮かんだが、日向自らが切って捨てた。
「何れにせよ、壇ノ浦に沈められた三種の神器のうち、宝剣だけは戻って来ませんでした。蒲殿……範頼殿が随分と手を尽くして探しておられましたが、結局、見つからず仕舞い。頼朝殿は烈火の如くお怒りになりましたが、どうしようもございません」
 やはり、幾ら最も狭い場所で600M程の海峡とは云え、海に沈んだたった一振りの剣を探すことは困難を極めたのだ。潮の流れが変わりやすい事もあり、中国、四国、九州、どの島の方に流れたのかも解らぬ。勾玉や鏡のように浮かぶ可能性が低いことも災いし、其の行方は杳として知れぬまま。
 だが、此処でまったく思いもしない方角からの証言が出た。


「だが、その宝剣なら、本当に壇ノ浦に沈んでいる筈だ」


 直截な物言いそのままに、少将は真っ直ぐに日向を見据えて断言した。余りに、あまりにはっきりとそれは。
「は?」
「えっ?」
 思わず瑞垣と日向は絶句するが、この佳人は再度、平然と答えるのだ。
「彼の海の底にあるはずだ。そう聞いた」
「……!」
 柄にもなく、と云えよう。日向が驚いていた。まるで其処にいる主を初めて見止めたように。他方、少将は従者を見詰めたままゆったりと足を組み替える。白い貌に朱い唇、艶やかな長着の朽葉色が映える。
 日向はごく僅かに逡巡し、眉根を寄せたまま問うた。
「それは……何方からお聞きになったのですか?」
 宝剣の存在証明など、気軽に断じられるものでもあるまい。日向の声は静かだったが、殆ど問い糾すような強さの眼差しで、主人に向けるものではない。だが、そんなものはこの男には意味のない威嚇だった。


「女だ。厳島神社の、巫女のようだったが……あれが人であった頃は、な」


 そう言って。
 小張元少将は本当に、ほんとうに美しく嗤った。








 まるで竜宮城のようなその社は荘厳かつ華麗で、唯一無二の存在感は他の追随を許さなかった。


 日露戦争の直前だった。
 つい先日、先頃から朝鮮半島でくすぶっていた火種が着火した。北の大国・露西亜との戦端は切って落とされ、大日本帝国海軍は日本海海戦へと邁進することになる。
 そこで海軍大尉・小張信一郎は、戦勝祈願のため厳島神社に来ていた。海軍将校として、というより小張子爵家の嫡男としては戦功は最早使命である。その為、平家の鎮守として建立され、海神と所縁の深いこの神社への参詣は小張家の意向でもあった。神頼みは気が進まない、という信一郎の言は我が儘として一笑に付され、而して、美貌に退屈を貼り付けた小張大尉は海軍第二種軍装で海に浮かぶ鳥居と対峙している。
 初陣だった。
 日清戦争の時分は、信一郎も仕官候補生として内地での後方支援を行ったが、それはものの数ではない。戦場で命のやり取りをしなければ兵ではないし、兵を率いて戦場に出なければ将ではない。
 であるからして、これが初めての戦であったが、信一郎の心は凪いでいる。
 緊張や戦きを感じている訳でも無く、恐らく……戻って来た、という感覚に近い。そこに生まれついたように、最初から約束されたように、戦場にあることは信一郎にとって自然のことであった。
 信一郎は踵を返し、朱色の大鳥居に背を向ける。
 そしてこれで漸く……自分に欠けているものが埋まるのではないかと、期待していた。
 そっと。


 ただ実のところ、信一郎としてはこれは意に染まぬ戦であった。
 意に染まぬ、どころではない。明瞭に反対の立場である。そもそも、戦争は外交手段の中でも下の下策だ。その道筋しか描けなかった時点で、政治的には既に敗北している。大国露西亜を向こうにしての戦など、正気の沙汰ではないのだ、本来。
 ただし、外交手段ではなく戦争そのものが目的になれば、話は別だ。
 戦争という外的圧力により、経済活動の活性化、技術振興、教育機会と対象の拡大等、社会は飛躍的に進歩する。本邦には、むしろそれを期待する向きさえあった。勿論、そこでは戦場の非情と残酷と極限は無視されている。人の屍を礎に手に入れる発展は甘美なものだが、人を豊かにすることを目標とする社会(システム)のために人を捨て駒にする、その矛盾。
 狂っている。
 また一方で、露西亜帝国もその内情は非常に薄ら寒い。
 不凍港を求め、欧州や極東を目指し、露西亜帝国は南下政策を採っている。だが、その図体を支える帝国は長く続く帝政の腐敗、複雑な民族構成から内戦が頻発し、限界を迎えつつあった。
 其処で起死回生の策としての満州、関東州への南進である。豊かな国土を抱えつつも瀕死の中華に照準を定め、北の大国はその先鋒として極東の島国を叩きのめす気なのだ。
 愚かなことに。
 信一郎はひとつ息を吐いた。然しそこまで解っていても、自分は戦を厭わない、というよりも望んでいるのだ。


 愚かで狂っているのは自分なのではないか、と。


 そんなことを考えながら境内を歩いていた信一郎は、いつの間にか拝殿を出、随分と奥地に来ていたことに気付く。もう一般の参詣路ではなかろう。
 厳島神社を抱える宮島は、そも修験道の聖地である。主峰である弥山は彼の空海が開山したと伝えられ、山岳信仰も取り込んで厳島神社と供に訪れる参詣者も多い。明治の頃に伊藤博文が弥山からの眺望を絶賛し、登山道が整備され、また対岸からの定期航路が開かれたこともあり、来訪者が急増しているという。
 しかし、さすがに修験道の山だ。少しでも道程(ルート)を外れると途端にその素顔が現れる。荒削りな岩と生い茂る山林、穏やかで眩い瀬戸内海が隠れてしまえば一層暗い。社殿の外れに宝物殿があるはずだが、既にそれさえも通り過ぎたか。
 もう、松をなぜる風の音と、潮騒だけが昏い森に響く。
 信一郎はそのまま、木立の隙間から大鳥居とそれと向かい合う本社を眺める。眺めるだに美しい光景であるのに、何故か寂寥感ばかりが募った。喪われたものを数えるような心持ちに本人がむしろ首を傾げていた。此処に来るのは初めての筈だが…?
「おや、随分と久しい客人だ」
 声がした。
 まるで鈴を転がすような、という形容がこれ程相応しい声があるか、というくらいに。森の暗さとは一線を画し、瀬戸内の光る細波のような響きがあった。
 はっと振り返れば、信一郎の立つ場所より少し上、山に続く細い道に子どもが一人立っていた。信一郎は目を見張る。まるで気配を感じなかったのだ。
 真紅の水干と禿のように切りそろえた髪、此処の稚児であろうか。少年はトントンと弾むように山道を降りてくる。リリン、と本物の鈴が鳴り、黒い髪が翻る。白く滑らかな額に朱い唇、猫のような瞳がくるりと動く。
「こんなところにどうしたんだい? 君の尋ね人なら此処には居ないよ」
 とまた、両方の鈴の音がする。
 否、初めて見る子どもだ。その筈だ。信一郎が絶句したまま少年を見詰めていると、少年の方も首を傾げる。あまりに気安い物言いだったが、背丈は信一郎の肩ほどまでしかない。
「あれ、あの子を探しに来たのではないのかい? うん?」
 其処で少年は形の良い眉を寄せる。漸く、信一郎と少年の目が合う。
「……これは失礼。○○○○ではなく、▲▲▲▲の方か」
「えっ?」
 聞き取れなかった。問い返すが、少年は興味深げに此方を見るばかりだ。どうやら信一郎を見知っているようだが、自分はまるで心当たりがなかった。無論、帝都の身内にも関係者にもこの様な少年はいないし、宮島に着いてから顔を合わせたのも呉の海軍関係者と厳島神社の神職のみだ。
 この少年は誰だ。
 信一郎は顎を引き、改めて少年を見据える。
 見れば……見るほどに奇異であった。赤い水干も袴も仕立てもよいが、恐らく少年は平素からこの姿なのであろう。裾捌きも身のこなしも鮮やかを通り越して舞うようだ。行事に駆り出される稚児ではない。
 それ以前に、
「きみは、君は私を、」
 誰と間違えたのか。


 否、わたしをしっているのか?


 と。
 問い糾そうとして、信一郎は再び絶句する。其処で漸く、彼は自分の過ちに気付く。 
 
 ちがう。
 これは少年ではない、女だ。
 ……おんなの、


 これはなんだ?


 瞬間、ぞわり、と、身の毛が太るのが解った。
 足が縫い止められたように動けない。海軍の同期でも随一の反射を謳われた身がすくんでいる。信一郎の喉がヒューヒューと鳴った。
 ”彼女”はゆったりと嗤った。
「不義理な男だね、君も。久しぶりなことに変わりはあるまいに、挨拶も無しとは」
 ああ、でももうあのときの君ではないのか、と、彼女はほんのりと寂しげに目を細めると、信一郎を促した。自らもひょいと近くの岩に腰を下ろす。
「まあお座りよ、此処で逢ったが百年目だ。昔話でもしようじゃないか」
 彼女がそう言うと、またリリンと涼やかに鈴が鳴る。
 さらりとした風が松の葉と彼女の髪を揺らした。




「君、いまの名は?」
 相も変わらず、殆どぞんざいとも云える物言いで、彼女は信一郎に問うた。今の、とはどういう意味か、と聞き返したところで、恐らくそのまま返ってくるのだろう。また、他人に名を問うときにはまず名乗れ、とも言えたが、こちらが格下なのは明らかで、信一郎は腹をくくった。深く息を吸う。
「小張信一郎、と」
「ふうん……今度は海軍さんか、好きだねえ」
 揶揄するような響きに、信一郎がむっと眉を顰めると、その様子にまた彼女はころころと笑った。
「仕方あるまいよ。君はそれが一番、得手であろうし、この時世ではね……そうそう、今生ではもう逢えたのかい? 嗚呼、まだなのか」
「は…?」
 何と言ったのか、と、問い返そうとしたが、彼女は「案ずる必要はないさ、あれには必ず逢える」と簡単に言うと、ふと信一郎の軍服姿をしみじみと眺めた。
 白い、海軍のいわゆる夏服だ。出陣に備えた新品である。階級章も拵えも、眩しさが目に痛いほど。
「何処へ出るんだい?」
「……満州へ」
 嗚呼、と微かに痛ましそうな目をした彼女から、信一郎は目を逸らした。
 先程感じた疼痛は、それでも哀切の理由にはならない。今、感じたものが羞恥だと、解っているだけマシなのだと信一郎は自分に言い聞かせる。
「ひとがたくさん死ぬよ」
「そうだろうな」
「……生きて帰っておいで」
「……出来ることなら」
 祈ることしか出来ないけれど。
 と、彼女はまたひょいと立ち上がり、大鳥居の方を見遣った。リリン、と本物の鈴の音がする。悉く此方のペエスを無視する振る舞いだったが、恐らくそれは態とであろう。
 信一郎も倣って大鳥居を眺めた。
 ざわめいていた胸の内がまた、静かに凪いだ。
 だからつい、告げても詮の無い繰り言を、むしろ唯の泣き言が信一郎の口をついて出た。これを告げる相手は間違いなく、彼女ではなかったのだけれど。
「また無為な戦だ。愚かだとは思うが、もう他に選ぶのにも飽いた」
「……此処に来るのはいつぶりだい?」
 てらいのない信一郎の物言いに、少し、慮るような響きがあった。
「初めて、だが」
 おや、と、彼女は僅かに目を剥いた。「此処は君の一族の氏神かと思うたが、そうでもないか。否、都が移ったせいかな」などと呟きながら、彼女はやおら右手を挙げて、拝殿の前に張り出す舞台を指差した。
「彼処で、彼の日」


 維盛が青海波を舞った。


「えっ?」
「美しかったな。清経が笛を、重盛が後見でな。実に見事な……舞であったよ。相変わらず、資盛は下手な歌を詠んだだけだが、まあ良しとしよう」
 その名は……と、言いかけて信一郎は辞めた。何れにせよ、恐らく神の依代である女が言うことだ。黙ったまま、ただ聞いた。
 そしていつの間にか、彼女の口調が変わっている。
「其の頃、彼の娘は男子(おのこ)の姿で重盛の近習をしておった。元は宗像三女神に仕える、此の厳島の巫女姫ぞ。右の眼は来し方を、左の眼は先の世を見ることが出来た。琵琶が得手でな、あれの弾く琵琶は荒魂をよく黄泉へと導いた」
 滅び行く平家の者たちを始め、戦で討たれ、死出の旅路を行く者たちの餞に、彼の娘は琵琶を弾いた。
 娘の両の眼に映るのは、平家が成り上がってきた血塗られた道か、もしくは近しい者たちが壇ノ浦に消えゆく先か。
「其の為に重盛の側に居ったのだが、平家の滅び行く先が解っていての役目……気丈に振る舞っていたのが哀れでな。見事な舞も見られたからの、彼の日、娘に褒美をやったのだ」
「……ほうび……とは、何を?」
 と、信一郎は問わずにはいられなかった。
 転がる鈴の音のような女の声は変わらないが、今は何処か籠もった響きがあるようで。
「ひとつだけ願いを叶えてやろうと言うた。どんな願いでも、死ぬまでに必ずひとつ叶えてやると」
 たとえ死者を蘇らせることであっても、儂に出来ぬ事は無いからな、と謳うように。
 桜貝のような爪の小さな手をひらりと上げて、女は大鳥居に降り注ぐ陽光を仰ぎ見る。
「無欲な、というよりも、全てを諦めたような娘であったよ。その約定が果たされる日は来ぬかもと思うておったが……それから暫くの後、彼の、壇ノ浦の合戦の日に、娘は儂を呼んだのだ」


 嗚呼、それは


「……願いを叶えて欲しいと」
 風が少し強く吹き過ぎ、女の髪がふわりとそよぐ。その白い横顔は神々しいとも云える清廉さと哀しさで。信一郎も口調を改めた。
「娘は壇ノ浦に……彼の合戦に従軍していたのですね?」
「徳子と幼子の側に居てやりたいと、時子たちと供に同じ船に乗っておった」
「なっ、」 
 さすがの信一郎も声を上げてしまう。
 それは平家物語にも描かれた、あの船ではないか。なんという。
 彼女は蒼天を仰ぐ。
 約束を交わした彼の日、舞っていた維盛も、笛を吹いた清経も、父の重盛も最早亡く。
 平家が滅びる、まさに其の時、其の場所に。
「真逆、それは、其の時の願いは、」
 もしかして、彼の時、壇ノ浦に沈んだはずの安徳帝は生きていると……?
 そう、信一郎が口に出そうとするが、女は軽く首を振った。
「否」
「えっ?」
 彼女は信一郎を振り返ることなく、艶やかに笑んだ。
 緋色の水干が風をはらみ、禿の黒髪は水面のように光る。
「時子は疾うに腹をくくっておったし、御子を残してゆくのが忍びないと、彼の娘も解っていたのだ。邪魔をする気はなかったのだろう」
 あれ程、誇り高く美しい女たちはなかなか居るまいよ。
 降り注ぐ光を掬うように、彼女は両の手を差し出した。
「その娘が助けて欲しいと言うたのは、資盛でな」
「……!」
 資盛といえば、平家物語の殿下乗合事件で名を残す、平家の嫡流、重盛の次男だ。壇ノ浦では一門と供に入水したが、その遺体は上がらなかったという。それ故、確かに何処かの浜に流れ着き、密かに落ち延びたとの伝承もある人物だった。
 資盛は後白河院の近臣として和歌を善くしたという。
 実は、小張家、とその主流にあたる織田氏はその子孫を標榜していた。
 信一郎は密かに生唾を飲み込む。この女と出くわした時の遣り取り、彼女が口にした言葉。漸く……繋がったような心持ちになる。これは、此の物語は。
「資盛も合戦の最中に左腕と右足に傷を受けてな、特に左腕はもう、用を為さなくなっておった。時子と御子に続いて、平家の者たちは南無阿弥陀仏と唱えては次々と海に飛び込んだ。資盛も同じく船の縁からそのまま」
 恐らく知盛等と同様に、甲冑や具足は身に付けたままだったろう。そこに腕と足に傷を負ったまま海に飛び込めば……助かるまい。
「其の時、彼の娘が願ったのだ。どうか資盛は助けてくれと。左腕は失われることは決しておったし、何れ落人として生きねばならぬ事に変わりはないが、それでも命だけはと。ただ」
 と、其処で女は信一郎の方を振り返り、すこし……眉根を寄せた。
 其処で信一郎は、彼女が悔いていることを知った。
「その願いを叶えるのは造作もないが、もう一つ、彼の娘は願った。己の役目を……巫女を降りると言うたのだ。亡者のために琵琶を弾くことも、民草の為に先を見ることも出来ぬと」
 巫女とは、神の娘、天の声の代弁者。
 それを辞すということは、神の命に背くことだ。それでも、


 滅びる平家の為に、なにひとつ出来なかった己を
 かならず訪れる厄災を止めることが出来ぬ己を


「彼の娘はずっと嘆いていたのだ。だから」
 彼女がそこで一旦、言葉を切ると、リリン、と、また鈴の音が。
 娘の真心に呼応するかのように。


 其処に確かにある資盛の為に、全てを擲つと決めたのだ。


 滅亡する平家一門の為に祈る、優しい娘であったよ、と、女は呟いた。
 だから、と。
「その両の眼の光と引き換えに、儂はそれを叶えた」
 もう、娘が亡者の来し方や生者の運命(さだめ)を見ずとも済むように。もう、彼の娘にしてやれることは其れしかないと。
 屹度、憐憫であっただろう。
 それでも、慈愛であったのだ。
 暫し、寄せては返す波の音と、緩やかな風にたまさか揺れる鈴の微かな音だけが。
 
「他方で、資盛がそれを嘆いた。あれも……優しい男でな。だが、儂との約定は覆りはせぬ。娘の望み通り生きるのは、あの男の定めぞ。それでも、二人、慎ましく暮らしておった」
 海辺で暮らしていた。漁をし、貝を拾い、集落に馴染み、娘は琵琶を弾き、謳い、祈った。他人(ひと)のためではなく、自らのために。ひとの子の暮らしを、いのちを、日々を。
「だがそれも……終わりは来る。彼の娘の命が尽きようとしたとき、己が命を代わりにと、資盛はそう言うた。然し、そもそもは資盛の命は娘の祈りで繋がっておる。それは出来ぬと言うたのだが」
 愛しい女を失うに、男は只管に希う事しか出来ず、一縷の望みを掛けて彼女(神)を呼んだ。然し、娘は己が魂を対価に資盛を救っていた。であれば、資盛の魂を代償にした願いは無効だ。
 ただ、それは酷く残酷だ。
「……その望みは、否、何を対価に、」
 妹背の命を贖うのに、男は何を差し出したのか?
 信一郎はそこで僅かに、厭な予感がした。不吉、というよりは不穏な……此の物語の行き着く先は。
 つるぎが、と、彼女はささめいた。


「あの剣が、壇ノ浦の宝剣が代わりにならぬかと」


 ……!
 神器ならば、ひとの命に取って代わることも出来ようと。
 天叢雲剣、か、と。我知らず信一郎は口の中で呟く。此の国で最も有名な剣だ。平家の悲劇と怨念と供に、壇ノ浦に沈んだ此の国の主の証。
 平資盛であれば、剣が沈んだ場所も知っているだろう。否、此れまでの話を聞くだに、彼は沈んでいくその様子を見ていたのだ。それであれば……ひょっとすると、源氏の手から逃れながらもその在処を確かめ、密かに守っていたのではないか。
 否、監視していた、のか。
 自らのその考えに、信一郎は怖気をふるう。生き延びた平家の武者は、次に宝剣を手にする者……此の国に君臨する武士が誰になるのかを見届けるべく、壇ノ浦で待っていたのではないか。
 琵琶弾きの……娘と供に。
 黙り込む信一郎を、先程とは打って変わって鋭く見て、女は続けた。
「あれは須佐が見つけた天照の剣だが、此岸と彼岸を絶ち、すべてを無に帰す剣ぞ。守り手が居らぬようになった今は、海の底に在るのが関の山……何れにせよ、ひとの子の命の代わりにはならぬ。そう言うた。それに……資盛を残して行くのは心残りではあったにせよ、彼の娘は生き存えたいわけではなかったろう」
 と、女はぽつりと、まるでこぼれるように言葉を紡いだ。
 そうだろう、と不意に信一郎は理解した。
 琵琶弾きの娘が望んでいたのは、そうではないのだ。本当に望んでいるものが、何故この男には伝わらないのか、と……もどかしさも、哀しさも。それでも、ひたむきに想うてくれることの喜びも。
 嗚呼、どれも本当だったのだけれど。


 ただ、真の願いはただひとつ。


 その刹那……それこそ、雷に打たれたように、信一郎は自らのうちに、其れと同じ願いがあることを知った。ずっとあった。生まれる前から。
 呆然とする信一郎を、女は憐れみと慈しみをもって眺めている。おそらくは。
「資盛も、ようやく気付いてな。すべきことが解ったのだろう。娘が身罷ってからは、娘の琵琶と此の海で暮らした。然うして祈っておったよ、いつか、」


 いつか、必ずや


「……また再び、見える日が来るまでずっと、祈りは続くのだろう」
 儂が出来ることはないが、それも定めぞ、と、女はちいさく囁いて。おもむろに、ポン、と柏手を打つ。リリン、と鈴が鳴る。するとその刹那、大きく空気がたわんだ。


 ざざ、ざざざざ ざざ


 風が鳴る。
 信一郎はその圧に思わず手を翳すと、向こうで彼女の赤い水干が舞うのが見えた。風の隙間から鈴が鳴る。
「そろそろ仕舞いだ。引き止めてすまなんだな……嗚呼、そうだ。必要ならば、彼の剣はお主に呉れてやろう。まだ壇ノ浦に沈んでおるでな。持って行くなら助けてやろう」
「はっ」


 天叢雲剣、を? 己が?


 寸の間、言葉を失った。余りに陽気な、否、そんな生まれた猫を譲るような気楽さで怖ろしいことを言うが、この女は恐らく、否、かならず神の……形代だ。それくらいの事は造作もないのであろう。
 だが、信一郎は首を振る。
 それは、己にはもう必要がないものだ。もう。
 女は淡く笑う。やはり……少し痛ましそうに、あえかに。


 ざざざ、ざざざざざ ざざざ


 再び、風が鳴る。女の影が揺らぐ。
「これも縁であろう。また逢おうぞ、資盛の末よ」
 艶やかに、女は嗤う。赤い水干と、其れよりなお赤い唇が光るようで。怖ろしい……女だった。しかし優しかった。それが只の憐憫だったとしても、生きて帰れと言われたのは初めてのことだった。
 気が付けば、既に日は落ちようとしていた。
 大鳥居を囲む海面は鱗のように光り、黄金色の道筋がついている。本当に、この社を想起した平清盛とは、選ばれた人間だったのだろう。それこそ、此の国の頂に立つ程には。
 だが、其れでも神器を持つには能わなかったのだ。
 信一郎は大きく息を吐いた。冷や汗の滲む身体が一度、大きく震えた。身体の節々が音を上げている。だが、身体の何処かに新しく点された火が在るような。
 確かな感触が、熱が、重みが。


「己を大事にするが好いよ」


 彼の女の、鈴の音のような声が聞こえた気がした。








 ほう、


 と、日向がひとつ息を吐いた。
 小張元少将の昔語りは御伽噺のようで、洒脱な客間をあかいろに彩る。もう、日が暮れている。
「当時は厳島の巫女だと思うていたが、今となっては、あれはもっと……」
 そこで言葉を切ったが、三人が三人とも理解していた。
「巫女よりも、もっと、神に近い」


 否、神そのものの形代


 すっ、と今度は少将が息を吸う。
「彼の日以来、彼の女とは見えておらん。そして、時が経てば経つ程に、幾ら思い出そうとしても彼の女の顔が解らなくなった。少年のような女だったのだが……それさえ、何処かで」
 見失う。
 崩れていく女の記憶。
 少将は、細く息を吐く。それは彼にとっても哀しいことだった。然し、其れは彼女の意志でもあると思えば、受け入れる以外にない。


 生きて帰れと、


 彼の時、たったひとり、そう言って呉れたひと。少将はすっと瞼を閉じた。
「……母御前でも、言うて呉れなんだ」
 ぽつんと、こぼれた言葉は、声は。孤独の手触りが解るほどの。我知らず、瑞垣でさえ僅かに腰を上げていた。あまりに其れは、と……だが無論、彼よりずっと早く動く影がある。
 日向の長い腕が、
 少将が瞼を開いて、ひた、と日向を見据えた。


 日向が差し出した手を、少将はきっぱりと断った。
 それに従者は刺されたような貌をして、主人は寂しく笑った。


 二人の短い遣り取りに、彼らの来し方が凝縮されていた。余人が関われるものではなかろうが、瑞垣は胸を衝かれ、紡ぐ言葉も見失う。
 然し、過ぎた時を巻き戻すのを辞めた少将は、切れ長の目に力を込めた。
 いま語るべきは、と。
「彼の女が“在る”と云うたのだ。壇ノ浦に、彼の剣は在るのだろう」
 間違いない。
 其れには日向も、瑞垣も、浅く頷いた。まるで御伽草子のような話であっても、小張少将が信じるに足るだけのものがあった、ということだ。
 正史には、壇ノ浦で失われた剣は二度と姿を現さないが、其処に神器が沈んだことは誰もが知っている。探す者も、頼朝だけではなく相応に居たはずだ。また鎌倉幕府が滅び、南北に朝廷が別れて争った時代には、再び丹念に探されたに違いない。その後も何度も求められ、それでも姿を現さなかった幻の神器。
 其の女が語った落人としての平資盛は、琵琶弾きの娘と共に天叢雲剣を見守っていたという。娘を失ってからはそれも辞めた。そして資盛も人知れず死ぬ。壇ノ浦に沈んだ剣の在処を知る者はいなくなる……
 それでも、それは“在る”のだ。
「待っている……のでしょうか、己の持ち主を」
 ぽつりと、日向の声が、水面に広がる波紋のように。部屋の庭に面した半分は赤く、残りの半分は黒い。家令は黒に属し、瑞垣は赤に属している。
「さて……人が持つには能わぬと、彼の女は云うたが……そうであっても、本当に存在するとなれば、宮城の連中としてはそのままにしてはおけぬだろう。だが、あそこが探しても今に至るまで見つかっていないのであれば、”待っている”と云えるのやもしれん」
 宮城、つまり朝廷は相応の体制で探したはずなのだ。それでも見つからなかったということは……まるで、剣が意志を持った生きものであるかのように、時を待ち、身を隠していたのでは、と。
 己を持つに相応しい相手を。
「ですが、」
 そこで漸く、瑞垣は口を挟んだ。それならば、今の状況はなんとする?


 此の上海に、宝剣が持ち込まれたという噂


「それが虚偽であるならば、いったい誰が、何の為に」
 現状、皇室、政府、軍関係者、三方から望まれているレガリアだ。その存在を仄めかす噂でさえ、こうも此の上海をざわめかせている。
 赤と黒に染め分けられた元少将は、自らの顎に指を掛け、眉根を寄せた。
「……誰が、何の為に、か」
「まったくの虚偽、ではないのかもしれません」
 今度は日向が割って入る。深い瞳は更に冴え冴えと。
「火のない所に煙は立たぬ。剣に連なる何某かの兆しがあったのでは」
 ふむ、と少将は頷くが、しかし、と反駁する。
「彼の女の言い分を信じれば、おいそれと動かせるものではないはずだ。それに、わざわざ此処(上海)に持ち込む理由がなかろう。何故、此処なのか……それを考えた方が早いな」
 不意に、瑞垣は先達ての鳥獣戯画にまつわる事件を思い出す。彼の時、此の部屋で彼らから聞かされた別の物語。
 モノと人の縁と、云ったか。
 そこでつい、瑞垣が日向に目を向けると、黒衣の家令もこちらを認め、僅かに微笑んだ。
「ええ、これも……縁でございましょう」
「えにし?」
 更に訝しげに聞き返す主人に、日向は落ち着いた声で応えた。
「旦那様は資盛殿の末でございましょう。宮島でお会いになった御方のお話からすると、資盛殿は琵琶弾きの娘が身罷った際に言い交わしたはずです。必ず、来世での再会を」
 神器を差し出して神に命乞いをした男と、自らの命を贄に引き止めた女と。二世を契るに足る想いではないかと云う日向に、何故か少将は半信半疑の様子だ。
「再会……できるのか?」
「……できるはずです。否、できますよ。できたでしょう」
 畳みかけてから日向はひとつ咳払いをすると、主人ではなく瑞垣に語りかけた。
「縁がモノを呼び寄せることは間々あることです。資盛殿と琵琶弾きの娘の契りから、資盛殿の末である旦那様と娘の縁が交われば、モノ……剣の縁も甦るやも知れません」
「えっ……」
 瑞垣は思わず声を上げていた。
 小張少将が平家に連なる武人として、琵琶弾き……厳島の巫女は此の上海にどうして繋がるのか? 一体、何処にその縁が、と聞き返そうとすると、少将は「嗚呼」と今度はしたり顔で頷いた。
「成る程、そうか。剣ではなく其方が先ということか」
「ええ、人の手に余るモノでも、縁に呼ばれることはありましょう。神器云々というのは、むしろその結果と見た方が妥当かと」
 日向のその答えに、少将も瑞垣に真っ直ぐ目を向けた。えっ、と瑞垣の口から疑問符が漏れる。二人にひたと見据えられ、眼を動かすこともままならぬ。


「貴様、心当たりはあるか?」


 と、少将に問われ、瑞垣は心底困惑した。先達ても同じ問いに出くわしたが、彼の時とはきっと違う。
「恐らく身近にあるはずです、琵琶弾きの娘の縁が」
 日向にはしかと断定されるが、まるで心当たりはない。瑞垣は主従の整った顔を何度も見比べる。
「……私に?」
 仕方なく問い返すが、それ以外には有り得ん、と少将はどうにも乱暴に肯定する。それを補うように、少々言い辛そうに、否、明確に気の毒そうに日向が云う。
「この屋敷は、訪問者を選びます。何も無ければ敷居は跨げませんので」
「なんだ、貴様、只で此処に招かれているとでも思っていたのか?」
「はっ?」
「当家は、それなりに用心をせねばなりませんので、少し仕掛けを」
 と謳うように呟いた黒衣の家令は、ようよう腰を上げ、茶を煎れ直しましょうと云った。主人は鷹揚に肯いながら「まあゆっくり考えろ。見つかったらまたここに来い。今度はかるめいらを焼くぞ」等と云っている。瑞垣は当惑するばかりである。
 厳島神社に縁はない。訪ねたこともない。
 琵琶には尚更、縁もない。
 縁、とは……と、これまでの話の重みと深さも相まって、瑞垣は頭を抱えた。然し、前回の事件やこれまでの話を踏まえれば、この二人の云うことに嘘はない。というより、間違いはないのだろう。自分の知らないところにも縁はあるのだ。
 自分が昔、ひょんな事で手に入れた古道具が宗達の真筆だったように。
 頭を抱えたままの瑞垣が低く唸るのを他所に、日向は丁寧に茶を煎れながら不穏なことを口にした。
「何れにせよ、旦那様と、瑞垣さんの身近にある縁で件(くだん)の剣が呼ばれたとして、其れを知る者が我々以外に居るようです」
「だろうな」
 少将が簡単に同意するが、瑞垣としては寝耳に水である。更にこれ以上、何かあるというのか。
「……えっ」
「宝剣の噂は、意図的に此の上海に流されたと見てよいでしょう。資盛殿が生涯、見守っていたということは……他にも、沈んだ宝剣の在処を知る者が居た可能性があります」
 歴史書の記載でも、御伽噺でもなく、本当に……ある、その剣は。
「居てもおかしくない、否、居るだろうな。只、これまでは”その気のない”剣は見つからなかった。それが、縁が復されて剣が応じた、とすれば」
「それに気付く者もいるでしょう。なにせ……神器ですので」
 誰もが探している、宝剣。
 気付いた者が他にも居るならば、其の中に剣を捕まえたい『誰か』も居るずだ。捕まえる方法は其程多くない。縁を辿る以外にないなら、
「ときに、日向、おまえ、青海波は舞えるか?」
「は、」
 せいがいは、と瑞垣も口の中で復唱する。日常でも目にする古典柄だが、此処で云うなら恐らく舞楽の方だろう。源氏物語の『紅葉賀』に光君と頭中将が舞う場面がある。秋の夕暮れに舞う二人の美しさに、紫式部の筆致が冴えわたる印象的な一話だが……
 日向は秀麗な眉をすこし顰めた。
「形であれば、ひととおり」
 低く応えた家令に、事もなげに主人は命じた。
「なら教えろ。あとは楽の奏者がいるな。七宮に聞くか」
 新しい茶碗を手にすると、ニヤリと嗤った。
 七宮、とは、思わず瑞垣も目を見張る。小張元少将は親王の御学友と聞いたが……それが、先帝の末子、通称七宮だったのか。
 七宮様は先帝の遅くに出来た皇子で、今上とほぼ同年代。つまり少将と同窓、成る程と瑞垣も合点がいった。母が皇族や華族でもない女官であったため、表舞台にはほぼ出てこないが、彼には幾らか逸話があるはずだが。
「何をなさるおつもりですか」
 日向の冷たいとさえ云える声が差し込まれ、瑞垣ははっと顔を上げる。日向は殆ど表情がない、か、僅かに……困惑、している?
 あ、っと気付く。此れは瑞垣に聞かせる為の問いなのだ。
 其れに応えて、少将は笑う。
 彼は、ただ、美しかった。


「誘き出せば良かろう。剣も、それを追う何者かも」


 一度で事が済む、と、事もなげに。
 それに日向は今度こそ渋面を作る。予想通りの回答だったのだろう。
「お人が悪い」
「まだるっこしいのは性に合わん。第一、喧嘩を売ってきたのは彼方ではないか。遠慮する必要が何処にある」
「……図られたのは確かでしょうが。余り大事になるのは如何なものかと」
「大事にしてやればよいのだ、こんな茶番は」
 吐き捨てるように言う主人を、旦那様、と家令が窘めるが、徹頭徹尾、様式美のような問答だった。慣れているのか、最初から、それこそ瑞垣をこの屋敷に受け入れたときから決まっていたのやも知れぬ。
 駒のように扱われるのに腹立たしさも感じるが、相手がこの二人ではどうにもならない。
 ふう、と細く息を吐き出した日向は、改めて瑞垣に向き直った。
「此れもまた縁でしょう。どうかお付き合い下さい」
 声も口調も丁重ではあったが、湖面のような瞳は強く、断ることなど出来る訳もなかった。瑞垣はなけなしの気力で、何とか肩をすくめて見せた。日向は口の端で笑む。
「琵琶弾きの縁ですが……もし、人であれば、左右の瞳の色が違うはずです。人の場合、そうはっきりと異なる程ではないかもしれませんが、件の琵琶弾きの娘は”過去を見る目”と”未来を見る目”を持っていたとのことですので、恐らく然うだったのでしょう」
 動物、卑近な例であれば、白猫で左右の目の色が違う猫がいる。自然界でも有り得る現象なのだという。
 ……瞳の、色が、
 すっと、背筋が冷たくなるのが分かった。瑞垣は拳を握り締める。
「そういった人物が身近にいるのであれば、其処が端緒になりましょう」
 日向の言葉に、幽かに視界が狭くなったように感じたが、此れは事実、部屋が暗くなったのだ、と胸の内で否定する。
 既に日は落ちている。夜が来る。
 少将は気付いたように、手近な洋燈を手繰り寄せ、灯りを点した。橙色の光に三人の影が揺れる。押し黙る瑞垣を眺めながら、少将は「そうそう」と口を開く。


「七宮もな、左目が僅かに青いぞ」


 然う云って、やはり彼は美しく笑った。








 左右の瞳の色が、違うと。
 厳島神社の巫女姫、平家物語、壇ノ浦に沈んだ宝剣、琵琶弾きの娘と平資盛……
 御伽草子のような単語と絵巻物のような光景が脳裏を巡る。瑞垣は小張邸から続く眩暈のする坂を下った。瀬戸内の海と、風と、竜宮城の如き絢爛豪華な社殿。浮かぶ小舟、波の音も、渦潮に白く青く沈む二位尼君と安徳帝の影が、


「どうした」
 其の声に我に返る。
 いつの間に帰り着いたか、居室の扉を開けたところに彼が居た。息を呑む。何故、此処に、彼が?
 彼は悠々とタイを外しながら云う。
「応、突然で悪かったな。彼方での仕事が早く片付いたんじゃ。知らせる隙が無かった、否、面倒でな。なんじゃ、其の貌は。散らかし放題なのは覚悟の上じゃぞ?」
 それとも何か、女でも隠しているのか、と冗談口で軽く笑う彼の顔を……その目を、つい凝視してしまう。硬直した瑞垣を、さすがに彼も訝った。
「……どうした?」
 二度目の問いに、とうとう「嗚呼」と声が出た。


 右の目の色が、違っている。


 瑞垣は足を踏み出す。
 一歩、二歩と……脱いだ背広を手にした彼に近付く。そっと左手を伸ばして彼の頬に沿えて、その目を覗き込む。
 普段は其れとは気付かない。然し、光を当てると確かに右の瞳だけが、微かに赤みを帯びているのが分かる。此れか、と、瑞垣は眉根に力を入れる。
 確かに……たしかにあった、琵琶弾きの娘との『縁』が。
 瑞垣はもう一方の手で、彼の右頬に触れる。彼は困惑した顔で、其れでも為すがままに立っていた。瑞垣はゆっくりと息を吸う。喉がカラカラに乾いていた。
 そうして、
「此れは、お前の物語や」
 然う云って、瑞垣はそっと彼を抱き締める。




 彼の故郷は瀬戸内だった。
 詳しい話を……聞いた覚えはない。否、学生時代にほろほろと彼が語るのに任せ、耳にはしていたはずだが、真逆、
「壇ノ浦に沈んだ宝剣との縁、か」
 ひととおりの話を聞き終えた彼は、茶碗を両の手で包み、小さく呟いた。
 近頃、此の上海でまことしやかに囁かれていた、壇ノ浦に沈んだ宝剣の噂。それに纏わる小張元少将の昔語り。厳島神社での不可思議な女との出会い、平資盛と琵琶弾きの娘の縁。
 得体の知れない御伽噺は夜に融けずに揺蕩う。
 瑞垣の様子に、ただ事ではないとは察せられたろうが、さすがに予想だにしない話であろう。彼は何とも言い難い様で、眉尻を下げて小首を傾げた。
「平家物語、平資盛公と、厳島神社の巫女姫、とは……」
 そう続けてから、茶を口にする。瑞垣は大きく息を吐いてから、煙草を取り出す。少しひしゃげた煙草に火を点けても、彼は何も言わなかった。平素は窓際で吸えと煩いのだが。
 ゆらゆらと滞留する煙が、瑞垣と彼を隔たっている。
 煙草が半分灰になる頃、彼はぽつりと、囁くように。
「今は……もう、実家は呉に近い土地に移ったがな。元は安芸国、厳島の対岸の辺りの出だとは……聞いたことがある。昔、ばあさまが言うとった」


 !


 驚きに煙を肺に吸い込み、咳き込んだ。それでは、本当に?
 瑞垣は咥えていた煙草を慌てて消し、彼を真正面から見据えると、彼はすこし笑ったようだった。其の瞳は、やはり左右の色が違っている。瑞垣は奥歯を噛みしめた。
「その、平家の為に祈っていたという厳島の巫女姫に……所縁があるかどうかは分からんが、そのばあさまが俺に持たせてくれたものがあるんじゃ」
 と、彼はようよう腰を上げ、「まあ待て」と云うと、居間から屋根裏に続く梯子を上がっていった。屋根裏には、居候たる瑞垣が寝泊まりする小部屋と物置がある。いつもの彼は、めったに其処には立ち入らないのだが。
 トントンと、軽快に梯子を下りてくる。が、彼の姿を見たなり、瑞垣はぎょっとした。背中に、何かを背負っている。年代物の袋……何が、一抱えはあるかという大きさの。
「本来は、家の総領娘が引き継ぐらしいが、ばあさんが、どうしても俺にと言うたんじゃ。恐らく俺が生まれて、目の色に気付いた時にそう決めとったんじゃろう。両親も反対はせんでな。姉貴達はふつうの、目だったからな」
 彼はそう云って微笑んだ。
 背負っていた袋を降ろす。元は錦、とは云えないまでも相応な布地ではあったのだろうが、大分年を経ているようで、すっかり色褪せている。そして、中から現れたのはまさしく。
「……び、わ?」
 あの独特の下ぶくれの楕円形、甲虫のような形状、弦は四本。古ぼけた……大層、古い品であるようだ。なんとまあ、こんなにも明瞭な。余りに直截な”縁”の形に、瑞垣は呆然とする。
 然し、彼は意外なことを口にした。
「ただ、此れは使えないんじゃ」
「使えない?」
 鸚鵡返しに尋ねた瑞垣に、彼は軽く肯う。
「鳴らない」
 は? ともう一度、問い返した瑞垣を押し止め、彼はやおら琵琶を抱え、撥を右手に構えた。その姿は意外にも様になっている。そうして、ゆっくりと撥で弦を弾き、ばらり、と音が……しない?
 パチッ
 と、単に糸が木っ端を叩くような音だった。響きも余韻もない、只の……雑音だ、楽器が奏でるものではない。琵琶を真面目に聞いたことは余りないが、瑞垣とて、それが本来の音ではないことは分かる。
「えっ?」
「鳴らないんじゃ」
 と、そう云って彼はもう一度、撥で弦を弾く。だが結果は同じだった。何か、おかしいのだ。瑞垣は強く眉根を寄せて顔を向けるが、彼は緩く首を振る。
「弦を替えても、柱を調整しても、撥を変えても……誰が弾いても同じじゃ、音がせん」
「だれがひいても?」
 そう、と彼は深く頷いた。
「確かに俺は琵琶弾きではないが、それでも普通は音くらいはする。それに、姉貴達はもちろん、母さんも伯母さんも、あのばあさんでも、弾けなかったんじゃ」
 恐らく、他の誰でも同じだろう、と彼は言う。褐色の甲虫の如き姿は、何処にでもある、古いだけの……これが件の娘の琵琶とは言い切れぬ。だが。
 誰が奏しても鳴らない、となれば。
 これはいよいよ、と、瑞垣は生唾を飲み込んだ。


 誰の手でも鳴らない琵琶。
 探しても見つからない剣。
 小張少将が出会った、時とともに姿を失う少女。


 此れは符牒だ。
 縁が失われたときに沈黙し、縁が復す際にその本来の姿を現す。恐らく、この琵琶が弾けるように成ったときこそ、時が来るのだ。


 あるべき姿に、閉じる。








 埒外に”縁”が早く解けたところで、瑞垣としてものこのこと小張邸に赴くわけにもいかない。こちらもあの二人と、件の噂の出処と渡り合う準備が必要だった。
 まず平家物語や源平盛衰記等、当たれる資料を当たる。厳島神社や神器についても出来る限りは。
 あとは勿論……


「小張家の来歴、ですか」
 さあて、と爺むさい仕草で塩塚は顎に手をやった。
 いつもの上海記者倶楽部の午後である。瑞垣は例の如く倶楽部の隅の長椅子で、塩塚と野々村を相手に情報の整理と検討を行う。肝心な所は暈かしつつ、神器の在処を知っていた平資盛が落ち延び、厳島に流れ着いたという御伽噺を披露した。
 野々村は平氏の家系図をしげしげと眺めている。
「確かに、資盛については生き延びた説もありますが」
「鎌倉方に捕縛された記録もないしな」
 資盛が平家物語に登場する殿下乗合事件で、最も印象的なのは「平家悪行の始めなれ」の一句だ。父、重盛が死んでからは棟梁の筋ではなくなったとは云え、平氏の中枢であることに変わりはない。資盛は幾つかの合戦では大将を任されており、追跡されて然るべき人物だが、記録は無い。壇ノ浦に身を投げた後のことは有耶無耶になっていた。
 そこで、小張邸で耳にした、資盛の末という言葉……
 瑞垣はちらり、と塩塚を見遣るとカステラを差し出した。これはどうも、とへらへらと受け取った塩塚はもったいぶって応える。
「織田家の傍流というのは、聞いたことがありますねえ」
「……あの、織田家で間違いないか?」
「ええ、あの、織田家で間違いないです」
 そう云って、塩塚はニッと歯を見せた。
 織田信長、今なお本邦の戦国史に燦然と名を残す武将である。天下統一を眼前に、非業の死を遂げた時代の寵児……そして異端児でもある。
「秀吉も家康も、織田家を根絶やしにはしませんでしたからねえ」
 明智光秀が信長を弑した本能寺の変後、迅速に動いた豊臣秀吉が天下を取ったのは幼年学校の子どもでも知っている史実だが、平たく云えば秀吉によるお家乗っ取りである。信長の嫡男、信忠は本能寺直後に自害し、次男・信雄、三男・信孝は秀吉の手のひらで踊らされ、結局は早々に歴史の表舞台から姿を消した。秀吉は信長の死後、織田家を主家として扱うことはなかったのだ。
 とはいえ、秀吉もその後を継いだ家康も、一族を殲滅するような事は無かった。信長の弟、長益などは有楽斎として名を残している。
「いちおう、手加減したっちゅうことか」
「……単に、怖かったのかもしれませんがね、信長が」
 そっと呟いた塩塚の言葉に、瑞垣も野々村も押し黙った。
 死してなお、か。
 自ら魔王を名乗った男、の、幻影。
 あ、でも、と塩塚が打って変わって明るい声を出す。
「足利義昭も生かしたままでしたし、案外優しいひとたちだったのかも知れませんよ?」
「あれは義昭がぼんくらだったからやろ」
「容赦ないですね」 
 断言する瑞垣に野々村が苦笑する。
「その織田家の祖先が平氏、平資盛だという話でしたかねえ」
 信長は、源頼朝が鎌倉幕府を興して以降、それまで武家の棟梁たる地位であった征夷大将軍には就かなかった。将軍である足利義昭を京から追放した後も。謀反を起こした松永久秀を討った後には右大臣に登り、”右府様”と呼ばれていた。武士が右大臣となったのは、彼の源実朝以来のことだったが、その際に源氏ではなく平氏を名乗っている。
「確か、織田家は資盛公の末子に遡るとか……源氏も、平氏を根絶やしにしなかったと」
「あれはどちらかっつうと、その余裕がなかったんやろ。板東武者の内ゲバに承久の乱、それどころやない」
「まあ、そうでしょうね」
 鎌倉幕府は、源氏と平氏だけではなく幾多の骸の上に成り立ったものだ。無数の亡者を踏みつけて、頼朝は武士として初めて国の頂に登ったが、その源氏はあっさりと三代で絶えてしまう。平家の怨念と言われる所以である。
 平家の落人は日本各地に数多の伝説があるが、それだけ大規模な戦闘であり、関わった者も多く、また政治や社会の在り方が劇的に変わった時代でもあったということだ。何せ、政治の中心が公家から武家へ、京から鎌倉に移っている。
 其の混乱の中で落人達は生き延び、物語として源平合戦はまだ生きている。
「何れにせよ、壇ノ浦に沈んだ宝剣の在処を知る者が生き延び、その在処を言い伝えてきたとすれば……実在を確かめたくは、なるわな」
「なるでしょうねえ、それは」
 見るものを屠る、呪われた宝剣だったとしても。
 幾度挑んでも剣は見つからず、いよいよ物語の中だけの存在となった。そこに、隠された平家の御曹司と巫女の悲恋に、剣の在処が紐付けられていたならば。
「昔の話を……掘り返すか?」
「当然でしょう」
「見過ごす手はないですね」
 瑞垣の問いに、二人は間髪入れずに答える。
 出来るものならば。
 秘密を知る二人の末裔から、多少、強引にでも謎を解く鍵を聞き出そうとする可能性は高い。否、きっとそうなる。縁によって目覚めた剣を追い、噂を撒き、昔の縁を炙り出す。それを謀った者が居る。


 そいつは、何の為に剣を追う?


 三度同じ問いに立ち返る。俄に現に現れた神器を、誰が、何の為に。
 其処で、瑞垣は出し抜けに野々村に声を掛けた。
「野々村さん、ほんま申し訳ないんですけど、お茶、煎れて下さる?」
「何ですか、ひとをお茶汲みに使わないで下さいよ」
「お前の煎れたヤツが一番美味いんや。祁門からの高級茶やぞ、頼むわ」
 と、拝んでみれば、仕方ないですねえ、と人が好い後輩は席を立った。野々村の背を見送りつつ、瑞垣は囁く。無論、残ったもう一人の男に。
「……海軍のセンはないな」
「そうですかねえ」
 と小首を傾げた塩塚に、「お前、あの小張様とやり合おうっちゅうヤツが居ると思うか?」と混ぜっ返せば、「いないでしょうね」と即答した。退役したとは云え、少将のお膝元でこんな迂遠なやり方をする意味が無い。それ以上にそんな愚か者が居るとは思えない。あとは政府、外務省の動きは同居人が探ってくる。皇室についてはこちらから知る手立てがないが、小張元少将なら何らかの手を打つだろう。
 となれば、
「しおづかァ」
 瑞垣は顔を上げずに呼ばう。
「……はあ」
「あと、考えられんのは陸軍や」
「どうですかねえ」
 と、とまた塩塚は顎に手を遣るが、眇められた目が昏い。心当たりが、あるのだろう。瑞垣は舌打ちと共に叱咤する。
「身から出た錆ぐらい何とかせえ」
 おそらくそうだ。そうでなくとも、この得体の知れない後輩なら、其処はなにがしかの調べはするだろう。記者の皮を被った何者かが、やれやれとため息を吐いた。
「面倒なことです。阿呆な天保銭組の、センでしょうかね」
「……満州か」
 陸軍も一枚岩でない。特に近頃では関東軍の独断専行が激しいと聞く。何れにせよ、此方は深入りしないのが吉だ。既に別方向では禍中に、むしろ渦の中心に居るのだし。
「さて、小張家に使いを出すか」
 と独りごち、瑞垣は大きく伸びをしたのだった。








 使いを出すと、小張家の家令から丁寧な返信が来た。達筆である。
「来たる●月●日に縁と共においで下さい」
 とあった。見つけた”縁”と共に、ということは……瑞垣は熟考の上、琵琶の他に塩塚を連行した。同居人を彼処に連れて行く気にはなれなかった。というより、不安だったのやもしれぬ。
 何れ、彼方には知られているような気はしたが。
 塩塚は番犬、若しくは牽制だ。そもそも顔見知りではあるようだし、此方も都合がいい。


 某日、夕刻
 小張邸は盛況だった。広い庭に舞台が設けられ、宴の準備が整っている。好事家としても租界では著名な小張元少将のお屋敷だ、上海に居る邦人や、外国人も招かれているようだ。知った顔も幾つかある。
 それにしても、と瑞垣は即席の舞台の脇を見る。和装の一団がずらりと、雅楽の奏者である。篳篥、龍笛、横笛、笙、太鼓、金物と一揃い。何れの奏者も狩衣姿だが、各人が雑面、一枚布に絵図が書かれた陰陽道の面だ、を掛けている。異様ではあるのだが、薄闇に篝火が焚かれた庭によく馴染んでいる。此れが例の七宮様の伝手、だろうか。
 尚、平素であれば出迎える日向の姿は無く、ごく普通の、それもおかしな表現だが、真面目そうなボーイが案内してくれた。いつもは敷地の広さと造りの豪華さのわりに人気の無い屋敷だが、今日ばかりは使用人の数も倍増しているようだ。
「そういえば、子爵様のお屋敷だったな」
「このお屋敷にこんなに人が居るの、初めて見ますねえ」
 塩塚の言に頷くばかりだ。
 瑞垣は知人や記者倶楽部の関係者に声を掛けられては、携えた布袋の中身を訊かれる。古い琵琶が見つかったもので、と事実を答えると皆、一様に納得した。美術品蒐集家である小張家への持参品としては自然なのだろう。
(鳴らないがな)
 と、胸の内で反芻していると、すっと周囲が暗くなるのが分かった。否、篝火が仮設の舞台に寄せられたのだ。はっと、舞台を見遣れば、いつの間にか人影が二つ。あれは、と目を凝らしていると、ピィっと笛が鳴った。
 楽に合わせて舞人が二人、ゆっくりと現れる。
 舞楽特有の足運びは、成る程、確かに神事の一部だと思わせる。荘厳な時間が流れる中、舞人が灯りの中に立った。予想通り、小張元少将と日向である。二人は舞台の中央に立つと一度、動きを止め、楽も止んだ。
 二人の舞人はひた、と前を向く。
 さすがに舞の御装束ではなく黒の小袖と縞袴だが、演者の美麗さが補って余りある。元少将と家令の二人が立っているだけでも、ため息が出る程だ。
 笛の音が響き、すっと、舞人が腕を上げた。
 招待客の視線を一身に集め、雑面の楽団が奏する曲に合わせ、二人が舞う。確か青海波と云っていたか……正直、瑞垣は舞楽に明るくないので、しかと鑑賞出来る訳でも無いが、二人が一糸乱れぬ動きで舞う姿に見入っていた。当に光源氏と頭中将もかくやというほど壮麗な。
 そうするうち、肌に熱を感じて視線を落とすと、手にした琵琶の袋が僅かに光っている。まずい、と慌てて隣の塩塚を見るが、この隙の無い後輩でさえ舞台に集中している。周囲を見渡しても、誰もが舞楽に魅入られていた。
 瑞垣はそっと胸を撫で下ろす。そして足音を消して、琵琶を携えたまま舞台の袖に移動する。やはり、誰も彼を見てはいなかった。否、
 今、此処で瑞垣に、琵琶に注視している者が『敵』だ。
 周囲を警戒しつつ、琵琶を袋から取り出し、そっと置く。案の定、本体が幽かに黄金色を帯びている。其の光は舞楽に合わせ、ゆらりゆらりと揺れているような。それは、女の髪のようにも、見えて、


 ピィ!!


 突然の、調子っぱずれな音に、はっと瑞垣は顔を上げる。油断したつもりはなかったが、既に目の前に黒い影があった。失敗した、と歯噛みしながら琵琶を抱きかかえようとするが、彼方が早い。まずい、と


 ガッ


 と鋭い音に、黒い影が傾いだ。
 何かが肩に当たったか、突き立ったか。小柄か、大きな釘のようなもの。見れば、その後ろ、延長線上に舞を止めた日向が居る。投げたのは彼だろう。隣では、小張少将が射貫くような眼差しで此方を見ている。
 唐突に止んだ舞楽に宴の場は騒然とする、はずが、客や使用人、楽団は凍てついたように動かない。只、日向と少将、瑞垣と、目の前の黒い盗人、そして、篳篥の奏者が一人。


 その五人の時間だけが動いていた。


 つまり、この五人が資盛と琵琶弾きの娘の縁に連なる者だ。
 篳篥奏者の顔は雑面に隠されて窺えない。肩を押さえて蹲る盗人も、篝火は逆光で目鼻立ちが分からない。男だろうが。舞台からは日向が盗人を、少将が楽人を目で縫い止めていた。
 まんじりともせず、睨み合う瑞垣と盗人の間で、然し琵琶の光が増している。もう隠し様がないほどの輝きだが、五人以外の人間は動きを止めたままだ。眩いばかりの光に、瑞垣も目を眇める。
 一瞬の攻防の末、盗人の手が、琵琶に、


 ばちん


 見えぬ何かに弾かれて、盗人は今度こそ倒れた。瑞垣も衝撃に膝を着く。なんだ、これは。
「無粋な手で触るでないよ、其は厳島の巫女姫だ」
 鈴の、鳴るような。
 たしかにそれは、其の声は。
「やっと……来たね」
 と、瑞垣が光の中に目を凝らすと、赤い袖が閃くのが見える。小さな白い手が伸びる。薄紅の爪が、桜貝のように。
 嗚呼、これが


「久しいね」


 然う云って微笑む、紅色の水干の少年、否、女が。
 小作りの白い顔に猫のような瞳、腕いっぱいに抱えた琵琶に語りかけるように。短い黒髪がさらりと動く。
 瑞垣がそっと息を吐いて伺えば、篳篥奏者だけでなく、舞台の二人も呆然と立ち尽くしている。特に少将は切れ長の目を見開いて、微かに唇が動いている。何か語りかけて……語る言葉はないか。呼ぶべき名も、ないだろう。
 女は一度、瑞垣に目を遣ると、琵琶を抱えたまま身を翻す。微かな笑みを残して、リリン、と鈴が鳴った。それから、まるで質量を感じさせない足取りで舞台の、二人の元に向かう。
 時を止めた宴の場を、赤い水干が進んでゆく。
 舞台上の日向は、既に片膝を突き、顔を伏せている。その前を通り、小張元少将の前に立った女は、ふっと手を差し出した。男は女の顔と其の小さな手を見比べて、少し問うような顔をした。女は柔らかに笑った。
 すると、少将の身体が俄に発光した。あの、琵琶が発しているのと同じ光だ。光は少将自身にも見えるのか、彼は戸惑ったように自分の身体を見回している。そのうち、少将を包んでいた光が水干の女の手に集まっていく。光はそのまま凝って、ようよう撥の姿を取った。
 あれは、鳴らない琵琶だ。
 然し、あの撥は……
「これで、縁が復すんだ」
 女は歌うようにそう云うと、撥を掻き、ばらり、と音が、鳴った。


 其の瞬間


 琵琶と、撥は一際大きく輝いて、姿が解ける。目が、開けられない。瑞垣は思わず手を翳して光を避けるが、光は屋敷の庭全体に広がって、ぱんと弾けた。
 黄金色の光のなか、長い黒髪が風になびくように広がる。緋に白い花が縫い取られた衣と、合間に、優美な女の横顔が……それに寄り添うように、少し大きな人影が現れる。男は、左腕が欠けていた。それでも、残った右腕で庇うように女を抱える。
 じょう、と、また琵琶の音が。
 風が、舞う。
 光が、奔流のように、二人の影に凝縮して、閉じる。


 そうして、其処に一振りの剣が現れた。


 あれが……天叢雲剣、か。
 赤い水干の女は、光が凝って生じた剣を平然と?んだ。瑞垣は、唯、それを見ている。少将も、日向も、盗人達も。五人の目の前で、女は静かに剣を鞘から引き抜いた。黒鉄色の鞘には錆が浮いていたが、その刀身は燐光を帯びている。
 女は剣を掲げ、ぴたりと構えた、ときに。


 ピーッ!


 と、夜を割るような笛が。
 はっと、瑞垣は楽人たちを振り返る。篳篥の奏者は崩れ落ちるように座り込んでいる、其の隣り。雑面のまま、器用に横笛を吹く者が居る。高く低く、まさに閃くように鳴る。ちらりと、面の隙間から細い目が見えた気がした。
 そして、其の音に合わせ、女の赤い水干と剣が、舞った。
 リリン、と鈴が鳴る。
 女の小さな身体がひらり、ひらりと。長い袖と裾が翻り、女が捧げ持つ刀身は光を薙ぐ。そうして、何処ぞから深く、琵琶の音が響いた。
 そうして、何処から吹く風に乗り、一枚、また一枚と白い花弁が落ちてくる。桜よりは大きい……降ってくる花びらの一枚を手にし、瑞垣は首を傾げる。これは、沙羅双樹、か?
 まるで雪のように。あとから、あとから。
 無数の花吹雪の中で、赤い水干が舞う。
 気付けば庭に一面の白い花びらが、積もっている。
 風が謳う。
 琵琶と鈴の音に乗せて、少し掠れた、深い声が


 嗚呼、これは鎮魂の琵琶か。


 然う思った。
 瑞垣は息を吸うのも忘れて、見入る。




 祇園精舎の鐘の声
 諸行無常の響きあり
 沙羅双樹の花の色
 盛者必衰の理をあらはす
 奢れる人も久からず
 ただ春の夜の夢のごとし
 猛き者も遂にはほろびぬ
 偏ひとへに風の前の塵におなじ




 世界が、真っ白な花弁に埋もれる。
 美しい、ただうつくしい、喩えようもなく。
 息を呑むほど。
 視界が霞む。
 赤い水干が、無数の花弁の向こうに消えてゆく。
 語る声が、鈴が、琵琶の音が遠くなる。


 待って、と、伸ばした手さえも、花びらに紛れる。
 紅色はどんどんと遠ざかる。
 風が一層強く吹き、黄金色の光が視界いっぱいに広がった。余りに明るく、何も見えぬ。何も聞こえぬ。誰も……


 そうして、誰も居なくなった。








 はっ、
 と、我に返ったときには全てが終わっていた。
 舞台の周囲に散っていた客人は、ようよう時間を取り戻し、再び緩やかな喧噪が広がってゆく。客人達は口々に屋敷の主の舞を称賛し、それを端緒に母国の話等を三々五々、始めていた。小張元少将は舞台から折り、袴姿のまま、来客の対応に追われている。
 あの、時が止まっていた間のことは、無かったことになっているような。
 視界を覆っていた白い花弁は何処にもない。無論、あの剣を掲げ、軽やかに舞っていた赤い水干の影も見えぬ。楽人たちはいつの間にか二人減っていた。そして、瑞垣から琵琶を奪い取ろうとした男の姿も消えている。
 あれは逃がすわけにはいかない。歯噛みしながら周囲を探るが、なんと塩塚まで居ない。瑞垣がどうしたものかと思案していると、近付いて来る影があった。
 瑞垣は当家の家令と向かい合う。和装は初めて見るが、さすがに堂に入っている。額に浮かぶ汗の玉も輝いて見えた。
「お怪我はありませんか?」
 問われて、頷く以外になかった。そんな瑞垣に、日向は薄く笑った。
「あれで……よかったのですよ。資盛殿と琵琶弾きの娘が再び出会えたのですから。天叢雲剣など、元から無かったようなものです」
 日向は至極あっさりと云うが、半分は幻だったとはいえ、目にしたものの稀少さを思えば追随しづらい。瑞垣は何とも言えず、視線を舞台に向けた。そんな彼の様子に、日向は囁くようにそっと問うた。
「あの琵琶は……左右の目の色が違う方のものですか?」
 それにももう、否定しようも無い。
「代々、継いできたものだそうです。恐らく、目の色が違う子が生まれれば、そこに。ただ、これまではずっと鳴らなかったと……確かに、私が受け取ったときも鳴らなかったのですが」
「成る程」
 眉根を寄せた日向は、幾らか考えたあとで「ひょっとすると、彼の撥はひとの骨で出来ているのやもしれません」と続けた。瑞垣は思わず目を剥く。
「骨?!」
 ええ、と日向は軽く肯定する。
「人体には、本来不要な骨が幾つかあると云われています。一度、生きものの仕組みとして増えた部位は用を為さなくなってもそのままだと。西洋の学問では、そのような説があるようです」
「不要な……骨、が、」
 瑞垣は自然と己の身に視線を落とす。この中に、余計なものが入っている、と。
「旦那様が資盛殿の末であれば、其の骨を撥として縁を結ぶ、それくらいの事は、あの方であれば出来るのでしょう」


 あの赤い水干の、赤と、黒と、白と。少年ような女。
 何れ某かの神の、器。


「それでも、本当に、美しかったですね」
 然う呟いた家令は、少し哀しそうに見えたが、笑っていた。嬉しそうにも見えた。
 瑞垣も唯、はい、とだけ。




 見えない沙羅双樹の花を見送って、日向はひとつ息を吐くと切り出した。
「さて、現世の縁の方も始末をつけねばなりません」
「えっ」
 始末、の響きに不穏を感じるが、相変わらず小張家の家令は静穏だ。
「やはり陸軍と宮城の一部の企みでした。壇ノ浦に沈んだ剣の在処を、確かに言い伝えた一族が他にもあったようで」
 はっ、と瑞垣も顔を上げる。
「それでは、先程の、あの男達も?」
「ええ」
 日向は簡単に肯うと、当然のように続けた。
「瑞垣さんから琵琶を奪い取ろうとした男は陸軍の関係者です。今、塩塚君が追っているでしょう。肩に苦無を入れましたので、逃げ切れぬ筈です。彼方の処遇は陸軍に任せましょう」
 予想外のような、何とも予想通りであるような。瑞垣が言葉を探しているうちに、日向はもう一つの事実を告げる。
「篳篥の方は宮城の、陰陽寮が何とかするでしょう。七宮様の配下は有能ですので」
 陰陽寮……!
 彼の安倍晴明の逸話で有名な機関だが、其の存在は既に書物の中だけになったと思っていた。だが、本物はまだ稼働しているのか……瑞垣は、あの横笛の男、雑面の下に一瞬だけ垣間見た鋭い眼差しを思い出す。
「それでは、その、陸軍と宮城……の一部は、壇ノ浦の宝剣を甦らせて、何を」


 なにを、するつもりだったのか?
 何を、望んで


 淡く光る刀身、鉄色の深く重い鞘に包まれたそれは、もう、あの少年のような女が持って行ってしまった。
「天叢雲剣、は、武士の頂点の証」
 音も無く降った花びらのように、日向が囁いた言葉は宴の喧噪を寄せ付けなかった。瑞垣は拳に力を込める。
「近々、摂政宮様の外遊が予定されています」
「……え?」
 摂政宮、つまり今、最も国の頂に近い者、だ。帝、そしてそれを助ける摂政は政治の全権を担っているが、勿論、軍事の全権も掌握している、事になっている。ただ、伝統的に公家と武家の隔たりは大きく、軍事の要としての役割は余り求められていなかった。今も、それが元で陸軍の独断専行を許している。
「つまり、あの剣が摂政宮の手に渡れば、真の武士の頂点たる証が次の帝の手に渡ることになります」
 ぐっ、と瑞垣の喉が鳴った。
 意味はあとからやって来る。
「外遊の際は周囲の警備も手薄になります。その際に、彼の剣を宮様に渡せば……其の手に、王者の証を、兵どもの頂に立つ証を手にすれば」
「摂政宮様が、真に軍の総司令官として君臨することになる、と」
 後を継いだ瑞垣に、日向の漆黒の眼は冷えている。
「ええ。随分と雑な策ですが、恐らくは其れを意図した輩が居ます」
 手厳しい評価に、瑞垣はつい首を竦める。
 確かに雑にも程がある話だ。しかし、この不安定な大陸の情勢を見るに、そして鬱屈した本邦の現状を思えば、有り得ないとは言い切れぬ。否、むしろ、先程の夢幻の中での攻防はしかし、生々しい感触を伴っていた。
 彼の、琵琶を奪おうとした男と引き合う感覚。荒々しい互いの息遣い。
「今日の二人は枝葉でしょうが……何れ、無粋な真似をした報いは受けてもらう」
 顔色も声音も変えず言い切った男の切れ長の目が、僅かに光った気がする。いつもは湖面のような瞳が、深紅に燃えるような。瑞垣はぞわりと肌が粟立つのを感じる。
 嗚呼、自らが深淵を覗くとき、深淵もまた、此方を覗いているのだ。
 本当に怖ろしいのは、此の男ではないかと、
 不意に思い知る。
 そっと瑞垣が生唾を嚥下していると、日向がすっと視線を寄越した。嗤う。どうやら見透かされているらしい。
「この度も、瑞垣さんには大変お世話になりました。琵琶の持ち主の方にもよろしくお伝え下さい。いつか、お二人で当家にもおいで下さい」
 ふふっ、と、その美しい笑みも声も完璧だった。
 こんな怖ろしいところに来られるものか、と、直ぐさま断りたかったが、さすがにその度胸は無い。瑞垣は「はあ」と曖昧に頷いた。
「さて、彼の琵琶の代わり、にはなりますまいが、主人が代わりのものを、と申しております。宜しければ、過日のようにお好きなものをお持ち下さい」
「えっ」
 それは失われてしまった、というよりも、縁を復して消えてしまった琵琶の代わりに、ということだろうか。先達ての事件で、同じようにチェス盤を譲られたことを思い出す。
「旦那様は舞がお好きですが、楽は其程お好みではないので、楽器は多くはございませんで……琵琶は螺鈿紫檀五絃琵琶の写しと玄象、の写しがございますが、余人にはお勧めできません。平家納経の写しもございますが、」
 立て板に水の日向の解説を聞きながら、瑞垣は現に消えた琵琶の音と掠れた声を思い出す。


 祇園精舎の 鐘の声


 鮮やかな紅い衣が空に広がって、
 無数の、真っ白な花弁が、舞い落ちる。
 音も無く。






「それで、此れを」
 と、言ったっきり、彼は黙った。
 その手が支えるのは黒鉄の渾天儀だ。彼にとっては琵琶も経文も意味が無かった。何れにせよ意味が無いなら、彼の好きそうなものを、と思っていたら其れになった。惑星の動きを模した幾重もの金属製の輪が連なり、不思議なバランスを保って美しさを誇示している。
 天の暦のみを示して。
 瑞垣は碌に吸わないまますっかり灰になった煙草を、手元の灰皿に押し込んだ。


 彼の夜から暫く後の話である。
 同居人はあの後、また二十日間ほど台湾に出張していた。ひょっとすると、摂政宮様の外遊に関連するのかもしれない、と、瑞垣は密かに考えている。
 何れにせよ、彼の夜の件をゆっくりと話す時間も取れなかったのだが、今し方、改めて彼に語り終えたところだ。
 起こったことは少ないはずなのに、既に街は薄暮に差し掛かっていた。濃紺の天蓋の裾に、僅かに橙色が覗いている。夜が……短いのだ。
 全てを聞き終えた同居人は、ほう、と息を吐くと、瑞垣が煎れた祁門の紅茶を飲んだ。茶はすっかり冷めていたが、その甘い渋みは初夏によく馴染んだ。
「沙羅双樹の花のいろ、は……」
 彼の声は夜の入り口に吸い込まれずに残った。揺れもせで。
 相対する瑞垣もまた、新しい煙草を片手に虚空を見上げていた。否、見上げていたのは、瀬戸内の海に凜乎と立つ緋色の大鳥居。目の覚めるような蒼を、白い海鳥の羽が過った。
 寄せては返す波の静寂は、琵琶の音を乗せて幾重にも響く。 
「”過去を見る目”と”未来を見る目”、か」
 彼はそう呟くと、渾天儀の輪を指で弾いた。
 はっ、と瑞垣は顔を上げる。そうだ、それがもし真実ならば、彼の右目……僅かに赤みを帯びたあの瞳には、亡者が見えるという、が。
 瑞垣の視線に気付いたか、彼は此方を見ると薄く笑うと、首を振る。
 その意味を……訊くことは出来なかった。
 今は、まだ。


「見るべき程の事をば見つ」


 壇ノ浦に沈んだ平知盛の言葉に続いて彼は、おふたりが逢えてよかった、と、口の中で呟く。
 あの琵琶の音はいつかまた、壇ノ浦に響くだろうか。


 わだつみの、詩が聞こえる。


 瑞垣はひとつ息を吐くと、ようよう煙草に火を点けた。
 ゆらり、と紫煙が揺れ、窓の外に逃げていく。


 夏が来ようとしていた。















































 無駄に長くなった気がしますが…いやいや、ようやく書きました、壇ノ浦。
 去年、じゃないや、一昨年だ!は鎌倉殿、平家物語アニメ、犬王、人形劇平家物語と、これは書くしかない!と思って始めたんですが、わりとこのシリーズのキモの話になった気がします。
 しかしまさか、瑞垣の同居人がオッドアイだったネタ、ここで回収するとは思わなかったよ(笑)
 中身もかなり平家物語アニメオマージュだったり、犬王ネタが紛れ込んでますが、愉しかったです。
 てか、ノッブ、平氏の末裔名乗ってくれてありがとう…!(偶然)
 ちなみに、出すところがなかったですが、日向(ミツヒデ)は実は北条氏出身です。壇ノ浦、見てるかもですね。
2024.03.17収録



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