◆◆◆◆  くどいようですが、実際の個人、団体、出来事とは一切無関係です!!  ◆◆◆◆










  7分間
















  1.背番号14






「よう」


 片手を上げて挨拶してきた旧友に、おう、と返した。
 試合前のメンバー表交換と先攻後攻を決めるジャンケンから、俺達も周囲も熱がぐっと上がる。何度となく繰り返しているが、最後の一戦であれば既に沸点に近い。
「どうよ、調子は」
「まあまあじゃね?」
 部長先生同士が挨拶をする横で、軽口に軽口で応えてメンバー表を覗き込む。向こうの先発を確認し、俺は思わず顔を顰めた。
「なんで白石じゃねえの?」
「お前んとこに右の速球派当ててどうすんだよ、俺達は勝ちに来てんだぜ」
 鼻で笑われた。確かにうちは本格派に強い。二年生左腕のデータを思い出しながら、相手がエースで来ないぐらいで腹を立てる自分も器が小さい、と思い直す。
 夏の準決勝であっても天王山、互いに解っている。ライバル校のキャプテン、藤堂はガキの頃から対戦してる相手でもある。回転の速さとバッティングセンスと口の悪さは折り紙付きだ。さて何と返すかと思っていると、あちらの部長先生が「行くぞ」と促している。
 それに頷いて、じゃ、と身を翻した背番号8を見送って、俺は溜息をひとつ飲み込んだ。




 羨ましくない、と言ったら嘘になる。




 自分の背中に付いた番号を思って、手にしたメンバー表をすこし強く握る。昨秋からはキャプテン同士として顔を合わせている。そのときは夏までに数字を減らせばいいと思った。
 でも、今でも背負った番号は二桁のままだ。
 もちろん、うちで背番号を取ること自体が誉れなのだ。それでも、それこそ手の皮が剥けるほど振り込んで、吐くほど走り込んだ結果だ。及ばなかったと… 腹の底が煮えるような感覚に、今でも叫びたくなる。
 だから、どうしても、この試合に勝って「次」の機会を手に入れなければならない。次は、聖地への切符とともにやって来る。


 だからこそ。


 そうすれば、この焼けるような感情にちゃんと名前をつけて、おさらばすることが出来るだろう。




 俺は腹に力を入れて、前を見た。


















  2.記録員






 きりりと背筋を伸ばした相手チームのキャプテンがこちらに一礼して、身を翻した。
 背番号14に、解っていても少したじろぐ。確かうちの藤堂とは少年野球の頃からの付き合いだと聞いたが。しかし瞬く間に見慣れたユニフォームがグラウンドに散らばり、
 シートノックが始まった。




 さすが超名門校、シートノックでさえ、殆ど美しいと言えるレベルだ。
 メンバー表をスコアブックに写し終わった俺は、うっかりノックを見続けた。内野陣のキャッチングの巧さは勿論、送球の正確さに舌を巻く。そのうち、ホームから外野への飛球に変わり、更に各選手の肩の強さに目を見張る。見事なものだ。
「何度見ても、ほんとすごいっすねぇ」
 そうだなー、とつい返事をしてから、ええっと声が出た。慌てて横を向くと、二年のミズキが感心したような面持ちでグラウンドを見ている。
「なに褒めてんだよ」
 自分のことを棚に上げ、思わず後輩を小突く。
「○○のファンみてーなこと言ってんじゃねえ」
「や、そりゃ憧れですよ。てか、このあたりで野球やってて、あのユニフォーム着たいと思ったことないヤツはモグリでしょ」 
 あはは、と軽く笑われたが、開いた口が塞がらなかった。うちのチームでは一番、その台詞が似合わないのがミズキだからだ。彼は四兄弟の末っ子で、長兄と次兄はこの野球部のOBだ。
「まさか… ミズキ、○○に行きたいとかって」
「言えませんよ、さすがに! ウチでそんなこと言ったら叩き出されますよ」
 現にマサ兄ちゃん、追い出されましたからね、とミズキは真顔になった。そう、彼のすぐ上の兄は無理を通して都内の強豪校に進学したのだ。おかげで練習試合も組んでもらえたが。
「ま、マサ兄でも、さすがに○○は無理ゲーです」
「だなあ」
「でもね、うちでみんな揃って甲子園の中継で見てたのは、あのユニフォームなんですよ」
 それは… よくわかる。やはりこの県の王者なのだ。




 栄光のチームである。




 あそこでは絶対に背番号は無理だと思った。チームカラーやポジションの関係もあって、うちならひょっとすれば、と打算をもって入学したが、怪我もあって選手としての道は諦めた。それでもマネージャとして部に残った。どうしても… 近くで見ていたかった。
 俺はただ、グラウンドを見続ける。
 そうして、当たり前に王者のシートノックは終わり、次は、つぎは。


「しまっていこう!」


 正捕手の岡が声を張り、応、とナインの声が重なった。


















  3.左のエース






「しまっていこう!」


 聞き慣れた岡の声が響いて、思わず顔を上げた。
 ブルペンから見るダイヤモンドはきらきらしている。俺はつい背番号11を探してしまった。右翼の方にいるはずだ。
 あまり出番のない定位置に着いた相棒が手を上げるのが見えた。


 うちのシートノックは、他校と比べても非常にコンパクトだ。
 まず最初に外野陣のバックホームだけを行い、あとは内野陣のゴロの処理が中心だ。県大会では7分ある時間を持て余すし、ブロック大会では終了のアナウンスの前に引き上げることも多い。いまも外野はレフト、センター、ライトの順に2,3人ずつがホームへの返球の感触を確かめて、すぐに引き上げてくる。最後が相棒で、そしてそのままベンチに引っ込む。給水して、ロージンでも持ってからこちらに来るのだろう。
 俺はキャッチのエイジに「ちょっと待とう」と声を掛けた。
 
 投手でも複数のポジションをこなすのは高校野球なら当たり前のことだが、戦力の豊富な強豪校だとそれなりに分業化も進む。しかも今年、ウチは白石さんと相棒と自分と、エース級が三人揃っている。マウンドを降りると、そのままベンチに下がることがほとんどだ。
 でも、未だに相棒は外野のノックを受けている。
 まあ足も速いしバッティングもいいしで、一年の頃から練習や紅白戦では時々、外野もやっていた。熱中症対策も考えると、三人の中では相棒がノックに混ざるのも妥当ではあるのだが。
 なのだが。
 小学生で野球を始めてから、ずっとマウンドに立ってきた。他のポジションを試したことはないし、やろうと思ったこともない。左利きであればこそではあるが、たまにふと思うのだ。




 ライトのポジションから、投手の背中はどう見えるだろう?


 彼は、自分の背中を
 もし、自分だったら、彼の背中を、




「けいいちろう!」


 呼ばれた。


 相棒がこちらに駆けてくる。
 グラウンドではキャッチャーフライが上がって、ノックが終わろうとしていた。


 














  4.控え捕手






 外野から最後の野手が戻って来る。


 今日は背番号11の二年生右腕のコバだ。この頃は減ったが、マウンドを降りたあとで外野に残る可能性があるので、彼は時々ノックに混じる。当人が好きなのもあるだろう。戻って来たコバは他の野手と違い、ボール拾いや声出しに混ざることなくベンチに入る。このあと、ブルペンに回るはずだ。
 それを横目で見送って、オレは内野に視線を戻す。
 ダイヤモンドは陽炎が揺らめくほどの熱さで、場所によって打球の弾み方や転がり方が変わる。オレは癖を見逃すまいと目を凝らした。


 捕手は扇の要、という。
 ホームベースと内野の各塁を結ぶダイヤモンドの支点なので、まさにその通りなのだが、それ以上にゲームの上で「要」となるポジションなのは周知の事実だ。野球というゲームの中では投手に次ぐ重要度であり、ひょっとしたら投手以上に向き不向きのあるポジションでもある。特に日本では配球を捕手に頼る部分が大きいから、ゲームをコントロールする立場にさえなる。


 だから『要』なのだ。


 一人だけ違う方向を見ている、自分。
 孤独と、責任と、気配りのポジションだ。


 なぜ捕手を選んだかを問われると、いつも困ってしまう。突出した何かがあった訳ではない。元々は身体が丈夫だったとか、チーム事情とか、レギュラになり易いという打算もあったかもしれない。なのに、オレはこの名門校の門を叩いて、希望を聞かれて捕手と答えた。
 そうして選んだ位置だというのに、背中が重い。
 今年はエースのシロと、二年の右左腕コンビ、コバとヤナギがいる。いずれも普通のチームならエースだ。ただ、それだけに個性も強いから、一人で切り回すのは骨だ。だから決してただの控えではない、と部長先生には繰り返して言われたが。
 それでも、十の桁が余計だった。




 ノックが終盤を迎える。
 ウチでもキャッチャーフライで締める。最初に正捕手が大きな声で応えて、一塁側に飛んだ白球を追う。次に上がった球はホームの後ろ側に飛んだ。バックネットに近いところ、ネットや壁との距離を見極めないと危険だ。
 オレはネット間際で掬うようにキャッチする。
 ほっとしたところに、「サード!」と鋭い声が飛んできた。


 はっ、と血の気が引く。


 腹に力を込め、強くボールを握り直しながら腰を入れて振り返る。サードにバックアップに入っていたミズキが頷いた。捕邪飛でのタッチアップは相手チームの十八番だ。迂闊だった。ノックだといっても冷や汗をかく。
 ふっと気配が近付いてきた。先程の声の主、背番号2の後輩だった。
「オカちゃん…」
「頼んますよ」
 さっき、オレが投げ捨てたマスクを手渡される。ちゃんと土が拭ってあった。




  集中…!




 オレは大きく息を吸って、額の汗を力任せに拭った。


















  5.二遊間






「トオルさあ、送球までずっと息止めてるでしょ」


 それがダメ。


 そう云って、下野さんは笑った。
 下野さんとは二遊間を組んでもうすぐ一年になるが、身体能力がバカ高いとかではなく、器用でとにかく状況判断が良い人だった。セカンドとしては大事なことだ。
 というか、とにかく散々お世話になりまくっていた。ミスをカバーしてもらうのは日常茶飯事だし、打順も1、2番のコンビを組むようになって、ますますおんぶに抱っこだ。
 そして今日、迎えた夏の天王山で、ノック直前に言われたのだ。


「一歩目も速いし、捕球も上手くなったのにさ、送球がダメなら台無しじゃんか」


 当然すぎてぐうの音も出ない。そう、前の準々決勝でも、自分の送球が逸れたせいでゲッツー崩れで一点を献上している。エラーが少ないウチのチームで、この夏大で記録した失策の半分は自分のやらかしである。穴があったら入りたい。
 だからね、と続いて言われたのが、息を止めてる話である。
「止めてちゃダメなんすか?」
 ひと息でワンプレイの方が集中できると思っていた。
「やー、ダメな訳じゃないだろうけど、トオルの場合、逆にそれで焦ってるっしょや」
 下野さんはたまに北海道弁が出る。
「おまえなら、捕ってからステップ踏んで投げる間に、深呼吸するくらいで良いんだよ」


 ちゃんと、一塁手のミット見てみ?


 そう言われても。
 何度かシミュレーションしてみたが、なんだかよく分からない。捕球から送球動作までの歩数をカウントしたり、一塁やホームまでの距離を目測したり。しまいにはこんがらがって、二塁へのトスでさえ失敗した。このまま試合に突入するのはヤバい。最後は良いイメージを残しておきたい。
「もう一本、お願いします!」
 監督に声を掛けたら、下野さんに止められた。
「ダメ、時間切れ」
「え、でも、このままじゃ…」
 言い返すオレに、下野さんはぴしりと言い渡した。




「続きはあした」




 そう言われた。
 でも、
 あしたは、今日、勝たないと来ないのだ。




 きょう、勝たないと、永遠に、明日は、来ない。


















  6.一二塁間・セカンド






「新婦じゃなくて、新郎が号泣してどうすんだよ」
「斬新だったねえ… 花束贈呈した下野さんが困ってたの、むしろ微笑ましいね」


 人生の半分以上を仲間として過ごしたトオルの結婚式の帰り道。
 俺は、こちらも人生の半分くらいの付き合いになりつつある相棒についつい愚痴っていた。
「見守り視線なの俺達だけじゃねえのか、大丈夫か?」
「やー、あれくらいで引いてちゃ、トオルの奥さんやってらんないでしょ」
 だいじょうぶだよ、とミズキが笑った。
 現代社会には珍しく(?)結婚が早いのがスポーツ業界で、元チームメイトや先輩後輩、現チーム関係者などなど、けっこうな数の式に出席してはいるが、さすがに新郎が幼馴染みともなると思い出話はほぼ自分の人生のハイライトと重なる。
「にしても、なんで名場面が夏大優勝でも準々のサヨナラタイムリーでもなくて、あのツーランスクイズなんだよ」
「あれ、よく映像残ってたねえ。保護者のひとかね、撮影上手。タカヒロの”バカヤロー!“までキレイに入ってたね」
 あはははは、と軽く笑うミズキに、感心してんじゃねえよ、と突っ込みながら目に入った居酒屋を指差すと、ミズキも軽く首肯した。




 二次会でへべれけになった新郎をタクシーに押し込むと、後のメンツは三々五々、散って… いくわけもなく、大多数は高校時代の二枚看板を担ぎ上げて三次会に流れていった。その騒ぎに乗じて、友人代表のスピーチや二次会の幹事で疲労困憊の一二塁間コンビでそっと抜け出したのだ。高校のチームメイトとは昨日も飲んでいるのだ、今夜はもういいだろう。


 そういえば、落ち着いてぼちぼち飲む、となるとミズキが相手になったのはいつ頃からだろうか?


「ま、たけちん、ヤナギ、リョウタ、おかちゃん、トオルの順なのは納得だけど、再来週は田村だっけ? 続くねえ」
「俺らの場合、オフシーズンに詰め込むからな」
 フォーマルスーツ一着しかないんだけど、ご祝儀貧乏はめでたいって言うけど、まあ財布には厳しいな、などと言いながら、適当にカウンターの奥に陣取って飲み始めるまでノンストレスだ。
 互いに、歩数を合わせるのが習い性になっていた。






「卒業から、もうすぐ10年かあ」
「びっくりするほど変わんねーけどな」


 そう言ってから、俺は一気にジョッキの半分くらいを空けた。
 ちらほらちょっと丸くなったり、方言が戻ったりはしているが、集まればあっという間にバック・トゥ・ザ・フューチャーだ。
 昨夜は同窓会も兼ねていたのだが、同期のメンバーでは誰が最後に結婚するか賭けるか、という話になったのだ。この時期らしい話題ではある、が。
「やあ、コバ一択だったね!」
「他にないだろ、正直」
 本当はそうでもないのだが、たぶん全員の色んな思惑と忖度と深謀遠慮の結果、右のエースが犠牲になったのだ。本人は困ったように微笑んでいたが、ダメージは皆無だろう。相変わらずサンクチュアリ野郎で、むしろ有り難い。
「フツーに思い浮かばないだろ。相手、人間だと良いな」
「…コバの場合は、地球人相手でもそれなりに驚く気はする」
 ミズキの呟きには頷くしかない。
 でもさ、みんなとしては、と、相棒は日本酒をちびりちびりとすすりながら曰く。
「タカヒロがまだ、ってほうがびっくりなんじゃない? 引く手あまたどころか両手に余ってたじゃない」
「いや、そういうのは… メンドクサイだろ、なんかいろいろ」
 別にそういう話がない訳ではなかったのだが、二十代半ばを超えると、妙に恋人からプレッシャを受けるようになり、何となく鬱陶しがっているうちにもめて別れる、というのが続いた。


 今はそれどころではないのに。


 心底めんどくさかった。
 女性の人生設計の機微は分からないでもないが、どうにも今の自分には合わない、とここ暫くの厄介事を思い出した挙げ句、




「おまえが女だったら、さっさと結婚してるんだがな」




 というのが、するりと口から出たのだった。


















  7.一二塁間・ファースト








「おまえが女だったら、さっさと結婚してるんだがな」


 ぎくり、とした。


 どきり、ではない。
 リアルにエラーしたときと同じに冷えた汗が出たが、もちろん、そんなことはおくびにも出さない。それくらいの事は慣れっこだった。
 ただ、その一言で、この十年ぐらいが一気に報われてしまって、おれは、こんなテキトーな居酒屋の片隅で泣きたくなったのだった。




「えー、ちょっとヤだなあ。タカヒロとだと、ストーカーとかに刺されそうじゃない」
 ツンとした鼻を誤魔化すように、安い日本酒を煽る。
「は、はぁ? いないだろ、俺のストーカーなんか」
「いやー、どうだろう。ほら、大学二回生のときもさ、三年の、なんだっけ、あのバレー部のひと怖くなかった? 待ち伏せとかされてたじゃん」
「え、誰だっけ、マジでそんなのいた?」
「あとなんか、ちょっと怖いネトストとかもいたし」
「ええっ、てか、ネトストって何だ?」
 冗談口に紛れて話を逸らす。
 自覚が薄い質なのは、あの二枚看板ばかりではないのだ。うちのキャプテンも自分のことには鈍感だった。
 十年以上前から。




 ジョッキの残りを空けながら、「おまえなら、もう大体のことは説明しなくていいだろ」とかのうのうと言った挙げ句、この男は更にとんでもないことを言い出した。
「だから、一緒に北海道行かないか?」
「は?」
 え、なにそれ、何の話? と、?み掛かる勢いで聞けば、あちらにある系列校のコーチとして声が掛かっているという。
 初耳だった。


 ああ、どうしてこういうことを、この男は。
 いきなり、こんな風に。


「おまえ、教員免許もってたろ? ちょうどいいかと思って」
「は… なにそれ、引退しろってこと?」
 まだプレイヤとして野球は続けていた。未練が大半だったし、このキャプテンと繋がるよすがでもあったけれど。
 一方、タカヒロは大学卒業後、すぐにスタッフとして母校に戻っていた。その関係からの話だとは思うが、少子化で学校経営は厳しいはずだ。甲子園をタネに生徒を集めようという魂胆はみえみえだが、そこで若手コーチを二人も雇う余裕があるのだろうか。
 結局、興味に負けて、率直な疑問を口にする。
「そんな都合よく枠があるモンなの?」
「…ビミョー」
「はい?!」
「まあ、いまの監督さんがうちのN監督と同期らしくって、口利いてもらえるし、なんせ地方だから人が集まらないって。いちおう俺ら優勝メンバだからな。大学でも一回、全日本で優勝したし。何とかなるんじゃないかなって」
「そんないい加減な…」
「うん、だからすぐってのは無理かもしんないけど。ある程度、実績積んで、人脈も作って、なんとかさ」
 訥々と、しかし真剣に、あの頃と同じ鋭い眼差しで、うちのキャプテンは。




「それなら、おまえとまた、あそこでノックできんだろ」




 あの、空の青と雲の白と芝の緑と、土の黒
 白金に輝く
 日本一美しい、聖地の


 嗚呼、本当にどうしようもない。




「…じゃあ、まず真っ直ぐキャッチャーフライ上げられるようになんなよ」
「あー? うー、うん、だなあ」
 あれだけは未だにヘッタクソだよねえ、と、おれは必要以上に明るく笑いながら、油っぽい居酒屋の天井を仰ぐ。




 あの蒼い空と銀傘は見えないけれど。
 最後に見上げた白球の行方は。




 色褪せない思い出の輪郭が、ゆるゆるとぼやけた。

















































 日々800字のSSをノックのように書いて練習する。
 という、真田さんの『ジャン神』でネタになってた文章の鍛錬法に触発されて、 試しに書いてみました。
 いつも盛り込みすぎなので、1テーマに絞るって面白いですね。
 あと各話に漢字二文字でサブタイトルが付いてます、『焦燥』『憧憬』『羨望』『責任』 『決意』『挑戦』『福音』なかんじ。
 ミズキの話が書けて満足です。

2020.12.30収録



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