◆◆◆◆  くどいようですが、実際の個人、団体、出来事とは一切無関係です!!  ◆◆◆◆










  You're My Only Shinin' Star
















 ほとんど夜と呼べる時間に、部長に声を掛けられた。
「明後日、M社に新製品のプレゼンだろ? 向こうは誰が来るんだって?」
「あ、はい、宮地本部長も出席だそうです」
 資料を整えながら、営業部二年目の村上由登は慌てて頷く。そうだろうな、と言いながら部長は少し考える素振りを見せた。
「じゃあ、開発部の守屋も連れてけ」
「え?」
「開発には話、通しとくから」
 ヨシトが訝っていると、部長は「気張れ!」とハッパをかけると背を向けてしまった。


 開発部の守屋さん、といえば、ヨシトも知っている。
 守屋雅春、5,6年目か、仕事が出来ると評判な上にけっこうなイケメンだ。更に言えば運動神経もいい。社内のフットサル大会で対戦したが、サッカー経験者のヨシトでもドリブルについて行くのが精一杯だった。当然、女性社員の人気は絶大である。
「あの、なんでですかね…?」
 部長の提案を報告し、グループリーダーの新村におずおずと聞いてみれば、ああ、と新村は微笑んだ。
「宮地本部長、守屋君のファンだからねえ」
「ファン?!」
 どういうことですか? イケメンだから? と慌てるヨシトに「違うちがう」と笑いながら新村が言うには、
「たぶんね、守屋君は宮地本部長のヒーローなんだよ」
 ひ、ひーろー? とまたもや唖然となるヨシトを他所に、新村は「アジェンダの参加者修正した? あと鈴木さんに頼んだパワポの見直しは?」と仕事に戻ってしまった。




 そうしてヨシトの横で勝手に話は進み、プレゼンの日、守屋の端正な姿が客先に現れた。
 こういうことは先週言って下さいよ、と笑いながら形のいい眉を顰める守屋を、新村まあまあといなした。
「忙しいとこ悪いねえ、でも少しでも印象良くしないとさ」
「俺なんて履かせる下駄にもなりませんよ、もう大昔の話で」
「ご謙遜を。宮地本部長、○○のシーズンシート持ってるらしいよ?」
「ガチですねえ。行く暇あるのかな」
「それがノー残業デー、率先してるって」
「あー、上司としては良いかなあ。ん? でもあいついま、水曜日じゃないですよね」
「そうそう、だから登板に合わせて日程設定するって噂があるよ」
「それはちょっとどうだろう…」
 引き続き、まったく話が見えないヨシトは諾々と後ろについて歩く。ただ守屋に自己紹介すると、「サッカーの子だよな」と覚えてもらっていたことだけが救いだった。180センチちょっとあるヨシトから見ると、守屋は手のひらひとつ分くらい目線が下だ。しかしあの脚力… ついヨシトの口からため息がこぼれる。
 そのまま通された会議室で両担当者挨拶をしていると、件の宮地本部長が現れた。
「守屋君、久しぶりだなあ! どう、調子は」
 満面の笑みを浮かべ、ほとんどハグでもしかねない勢いで守屋の両手をとると、ぶんぶんと振った。
「ご無沙汰しております。いまは開発なのでこちらに伺う機会もなくて」
「もったいないね。いつでも戻ってくれて良いんだよ」
「ありがとうございます」
 愛想良く微笑む守屋の言葉も終わらないうちに、宮地本部長は身を乗り出した。
「で、最近はどうなの、みんなで集まってたりするの?」
「いえ、3月に岡の結婚式で会ったきりですね」
「えっ、岡くん、結婚したの?!」
 顧客というより、ほとんど親戚のおいちゃんのような本部長の口撃を、上手にほどほどで切り上げる守屋を伺いながら、ヨシトが内心、いったいどういうことだろうと傾げた首は元に戻らなかった。




 守屋のおかげだけでもあるまいが、プレゼンの感触は良好だった。
 質疑応答にもそつなく対応し、このまま神奈川の研究所に寄ると言う守屋とはそこで別れる。何度も深々とお辞儀をするヨシトに、じゃあ頑張れよと声を掛け、守屋は身を翻した。
 後ろ姿を見送るヨシトの口からついついこぼれるのは、
「カッコいいッスね」
「カッコいいよねえ」
 真剣に同意する新村に、やっと問い糾した。
「守屋さん、宮地本部長とどういう関係なんですか!」
「関係っていうか、守屋君ね、君が入社する前はうちのエースだったんだよ」
「ええっ?!」
 でもずっと異動希望出してて。広報にって話もあったけど、どうしても開発がいいって、と新村が語るむかし話はもちろん初耳だった。
 開発から営業への移動はあるが、逆はめったにない。しかも新村がエースというなら相応に好成績だったのだろう。それでも異動… と呟くヨシトに、新村は更に衝撃的なことを言った。
「でもね、宮地本部長にとってはたぶん、守屋君はまだ高校球児なんだよ」
「…はっ?」
 こうこうきゅうじ? と目を丸くするヨシトに、新村は静かに微笑んだ。
「性格的に本人は言わないだろうけど、守屋君、高校のとき野球部で、全国制覇してるんだよね」
「ぜんこくせいは… って、野球ならつまり、甲子園、とか」
「それそれ、夏の甲子園。何年前かなあ… 村上君、いま何年目だっけ? あ、そう、じゃあ10年くらい前なのか」
 守屋の年齢を考えればそうなる。新村は頷きながら、
「覚えてないかなあ? △△△、超高校生級の左右の二枚看板って話題になって… 無理か、中学生だもんねえ」
 高校名ならさすがに知っている、スポーツ名門校だ。出身のプロ選手も何人も居たはずで、はあ、と頷くヨシトだが、やはりまったく記憶にはなかった。なにせサッカー部だし。それに、守屋の佇まいとヨシトの球児イメージはまったくかすらなかった。
「宮地本部長、あの高校のファンでね。特のあの代は記録的だったからねえ、エースは両方プロ入りしたし、他にも居たんじゃないかな。守屋君は外野手だったかな、すごく活躍したらしいんだけど」
「えっ、じゃあ、守屋さんもプロ、とか…」
「大学までやってたみたいだけどね、どうだったんだろ」
 そんな話をするうち、あっという間にオフィスに辿り着き、結局、そのまま立ち消えになってしまった。




 ヨシトの会社は総合スポーツ用品メーカだ。
 実のところ、守屋のような来歴の社員はそれほど珍しくはない。ヨシトもインターハイには出ている。しかしさすがにメジャスポーツの全国優勝経験者で、それが縁で取引先の覚えがめでたく、なのに開発部門に異動というのはなかなか聞かない。気がする。
 プレゼンの議事録と報告書をまとめながら、ヨシトはなんだか気もそぞろだ。そのまま他の会議やイベントも重なって、気付けばあっという間に数日がたっていた。
「新村さん、議事録案作成しました」
 ヨシトが声を掛けると、新村はPCを手に立ち上がるところだった。
「はいはい、じゃあミーティングのあとで… あ、ダメだ、そのあとS社で、直帰したいんだよねえ。明日でいい?」
「や、すみません、明日には社内に回すので今日中に仕上げたいなと…」
「あー、そっかー。じゃあしょうがない、先に守屋君に見てもらって」
「ええっ」
 どうせ最終案は見てもらうでしょ、と言いながら、新村は慌ただしく出て行ってしまった。
 確かにそれはそうなのだが、他部署の先輩にいきなり確認を頼むのも気が引けた。しかし、守屋と話す口実が出来たのは正直、好都合で、ヨシトはいそいそと社内チャットアプリで守屋にコンタクトを取った。


 手が空くまでちょっと待って、と返信が来た。メールに添付しますかと訊くと、
「休憩がてら見るからプリントアウトしといて」
 と言われた。ヨシトが指定された時間に休憩室も兼ねたラウンジで待っていると、ほどなくラフな格好の守屋がやってきた。
「悪いね、待たせて。あ、もし時間がないならあとで持っていくけど」
「いえ、大丈夫です!」
 すぐ見るから、と言いながら、自販機前に立った守屋は思いついたように振り返る。
「村上君もなにか飲む?」
「あ、すみません。じゃあ、コーヒーで」
 コーヒー代を出そうとすると、守屋が当たり前に「いいよ」と断るのでそれ以上はおせず、ヨシトは恐縮しつつカップを受け取る。よっと、軽い身のこなしで座った守屋はヨシトから受け取った打ち出しにざっと目を通す。
「新村さんも部長たちも気軽に振るよなあ、ほんと。せめてもうちょっと早く…」
 と、ぼやきは途中で途切れた。ん? とヨシトが様子を窺うと、守屋の眉間に皺が寄っていた。どうかしましたかと、尋ねる前に、
「村上君、きみ、活字読む人?」
 訊かれた。
「い、いえ、あまり…」
「Webの雑誌とか新聞も?」
「すすすす、すみません…」
 そうか、と低い声で受けた守屋は、手に持った赤ペンでガツガツと添削をはじめた。
 で、二十分後。
「直したらもっかい持って来い」
 キリリと厳命され、カクカクと頷くしかないヨシトである。若干、守屋の口調も厳しい。真っ赤になったアウトプットを眺めつつ、穴があったら入りたい気持ちでいると、小さく息を吐いて守屋は言う。
「まあ、根本的な抜けとかもれはないから。ちょっと表現とか言い回しは赤入れてみたけど、頭使って考えて、修正が必要だと思ったところは直せ。ちゃんと自分で読み返せよ」
「ハイッ」
 また軽やかに立ち上がりながら、守屋は言う。
「たかが議事録だけど、基本、仕事って文章が書けることが前提のもんだから。基礎練はやっとけ」
 そうして、ヨシトは背中越しに手を振る守屋を見送った。
 恥ずかしくはあったが、少し嬉しくなっている自分もいて、ちょっとヤバいなと思うヨシトだった。


 結局、大幅に手を入れた議事録案にOKが出たのは、定時を二時間近く過ぎた頃だった。開発部の片隅で、ヨシトは大きな身体を直角に折り曲げる。
「ほんっとすみません…!!」
「いや、いいから」
 二年目なんてそんなもんだろ、こっちの連中だって似たような感じだし、とあっさり笑う守屋に、いやそれでもとヨシトは食い下がった。
「せめてメシでもご馳走させて下さい!」
 ううん、と少し迷ってから、多分あしらうのが面倒になったのだろう、守屋は「しょうがねえな」と言ってジャケットと鞄を手に取った。
「じゃあ、俺の行きたいところでいいか? ちょっと急ぐぞ」
 もちろんです、と頷いてヨシトは慌てて後に続いた。




 連れられていったのは、なんてことのない居酒屋だったが、どうやら守屋の行きつけのようだった。
「らっしゃい、てか遅いねん」
「すんません。どうっすか」
「イマイチやね。まあ粘ってはいるけど」
 店主らしき男性と守屋の間で突然始まった会話にどぎまぎしていると、こっち、と守屋にカウンタの隅に案内される。店内にあるテレビに近く、画面には野球のナイター中継が映っている。夜に憚ることなく、照明が煌々と輝いていた。
「2回にソロ?」
「出会い頭や、あんま気にせんでええ。それよか球数多すぎ」
「もう50? 何してんの」
 どうやら試合に関する話のようだ。その合間に「とりあえずビールで良いか? あとは適当に食いたいもん選んどけ」とヨシトに告げたきり、守屋はひとしきり店主との会話を続けていた。
 テレビ画面の中心には、長身で細身の投手が映っている。すらりと始まるワインドアップのフォームが、酷く美しかった。
「あー、変化球がばらついてんのか」
「まだストレートがええからなんとかな」
「高野さん、苦労してますね。あとで怒られんな、これ」
「とりあえず、今日こそ6回までもってもらわな」
「ですねえ。そろそろ借金生活、返上せんと」
 しかし、そう語る守屋はひどく嬉しそうに見えた。


 
「守屋さん、関西の出身だったんすか?」
 会話が一段落付いたのを見計らい、ヨシトは思わず尋ねた。出身だという高校は関東だし、普段の会話にその片鱗が見えなかったので、てっきり生まれも育ちもこちらだと思っていた。
「ああ、うん、地元は神戸」
「ちょっと意外です…」
 あ、ほら、いつもは関西弁じゃないし、うちには大阪本社もあるし、とごにょごにょと続けるヨシトを尻目に、グラスのビールを飲み干してから、まあなと守屋は頷く。
「高校からずっとこっちだから。もう黒いうどんつゆにも慣れたぞ」
「それで、◆◆のファンなんですか?」
 と、訊いたのは放送中の試合が関西と北海道のチームのナイターで、どうも店主との会話の中心が関西のチームだからだ。
「うーん、微妙なとこだな。どこも平等に応援中」
 八方美人ですねえ、とそこで肴を運んできた店員の突っ込みが入り、しゃあないやろ、今後もあいつらどこに就職するかわかんないし、と守屋が軽く答える。あいつら、の単語にちょっと引っ掛かる。冷や奴と鶏の唐揚げを受け取りながら、ヨシトは今かなと切り出してみる。
「野球は大学までって聞きましたけど… そのあと続けようとか…」
「間近にすげーのが居たからなあ。器が違うんだよ、そんな気も起こらなかった」
 いくら甲子園で勝ってもな、野球でメシ食うほどじゃなかった、と。守屋は柔らかく微笑んだ。それは敗戦の弁でも負け惜しみでもなく、とても前から解っていたことのような、声だった。
 手にしたグラスのビールはだいぶ温くなっていたが、なんとか飲み下し、ヨシトはもう少し踏み込んでみた。
「就職で地元戻るとか、考えなかったんですか?」
「いや、開発の中心はこっちだし… 近いと見たくなるし」
 え、とヨシトが問い返す前に、守屋はきっぱりと言い切った。
「俺の場合、ほとんどコネ採用だからな。東京の方が通りがいい」
「コネってことはないですよ、だって新村さんが守屋さんはうちの部のエースだったって」
 ヨシトのフォローに、いやいや、俺に営業の才能はないと思うナァ、と守屋は言う。そして冷やしトマトを一切れ。
「営業では俺の名前つうか、あいつらの名前がちょっとは役に立ったんだよ」
 あいつら、というのは当時のチームメイトを中心に、母校OBの選手のことであろう。先程から、その単語が出るたびに、ヨシトの項あたりをちりちりと何かがかすめるような感じがした。
「ほら、宮地本部長なんてうちのファンだからだ。○○のファンクラブ入って、シーズンシートまで買うとかな」
 と話していると、店主がまたちらりと割り込んでくる。
「へえ、そんひと、柳澤君がご贔屓なんか」
「そうです、決勝のホームランでファンになったって」
「あー、あれかぁ。てか、それ投球と違うやん」
 ですです、でもあの試合ならそうなりますねえ、と、明るく返してから、守屋は「エースか…」とひとりごちる。
「エースってのはもっとこう、はじめっからそういうもんだろ。ほら、あれ」
 と、守屋はテレビ画面を指差して、


「あれが、俺のエース」


 彼は、はにかむように笑った。
 五回表の一、三塁のピンチを三振で凌いだ投手の鋭い横顔が、一瞬、大写しになった。その背番号11の投手を、守屋はそのまましばらく眺めていた。




 守屋の視線を切るように、ヨシトは無理やり話を戻した。
「でも営業から開発への異動って、珍しいですよね?」
「ああ、ほんとは最初から開発志望だったんだけどな。最初は営業やっといて損はないって配属されたけど、なかなか動かしてくれへんから、めっちゃ頑張った」
 はあ、と曖昧に頷くと、真顔になった守屋はマグロ納豆をつつきながら言う。
「選手の経験値は売るとして、それ以外にもちゃんと出来てないととは思ったな。理系とか専門課程の連中と同じ土俵は無理やから」
 ということで、ちゃんと本を読めと蒸し返され、再び平謝りのヨシトである。
「それでも開発が良かったんですか…? 広報とかじゃなくて」
 広報は花形部署だ。CMやイベントの企画も多く、守屋のように業界に顔が利き、関係者がいるなら、むしろそちらの方が良かったのでは? と思ってそう問うと、
「どうかな。てか、ヤナギはともかく、他のはもうちょい成績出さないと広告に使えねえ」
「あははは、手厳しいねえ。コバちゃん、まだ柳澤君にも追いつけてへんからな」
 朗らかといえる店主の談に、まだ桁が同じだけマシっすね、とちょっと顔をしかめる守屋の傍らで、ヨシトはスマフォをいじってこの試合の情報を確認する。
 ただ、と、そこでほとんど囁くように、彼は。
「…うちの製品を」
 俺が関わったものを、ひとつでも使ってくれれば。ひとつでも。きっと、そうしたら、
「一緒に、」
 やはり仄かに、彼は笑んだ。




  きっと 夢を見る
  彼 のワインドアップに合わせて高揚するダイヤモンド
  もう、その後ろを守る日は来なくても




 守屋さん、とヨシトが声を上げる直前。
「あ、いった」
「いったな!」
 慌ててテレビに視線を戻せば、白球がライトスタンドに飛び込んでいくところだった。その数秒の間に、それほど大きくない液晶画面全体が大きく揺れて、粟立つのが解った。リアルな音は聞こえないが、球場全体が弾けるような歓喜に包まれている。
「っよっしゃー!!」
「まっちゃん、ようやった!」
「ああもう、遅いで、まっちゃん!」
 7回裏、起死回生のスリーランホームランに、店主と守屋がハイタッチしている。
 ダイヤモンドをゆっくり回った三塁手がホームベースを踏むまで、スタジアムが鳴動していた。チームメイトに手荒な歓待を受けた三塁手は、最後に先発投手と抱き合った。
 そうして迎えた9回表、リリーフに万感の祈りを載せる。
「コバちゃんのひと月ぶりの白星、頼むで!」
「ケント、結婚式のご祝儀、ここで返せ!」
「えっ、ハルさんそれひどい、ってか野球関係ない」
 店員まで一緒になって業務を中断し、テレビ画面に釘付けだ。お客さんたちも慣れっこなのか、もう9回か、とか、いま何ゲーム差? などと話している。そんな中、大柄なサイドスローが投じる白球にくるくると簡単にバットが空を切って、あっという間にカウントが進む。
 そこだ、と守屋が低く呟いた。「え、なんですか?」とヨシトが聞き返す間もなく、
「スライダー!!」
 何人かの声が重なって、27個のアウトが積み重なった。ゲームセット。
 クローザのガッツポーズは、店主が邪魔でヨシトには見えなかった。




「やっぱ屋根ない方がええんちゃう?」
「ドーム苦手なんすよね、あいつ。ハマスタ好きや言うてましたし」
 テレビ画面の真ん中に、先発投手、三塁手、クローザが並んで、今夜のヒーローは同級生トリオ!などというテロップが出ている。それを満面の笑みで眺めながら、守屋と店主は祝杯の準備を始めた。
「とりあえずビールもう一本! ついでにオクラと湯葉の和え物と… あ、煮魚、なんかあります?」
「カレイ出すで、お祝いで!」
「もらいましょう。村上、食えるよな?」
 は、はい? と狼狽えていると、さっさと話は進んでしまう。「ビール以外はどうする? 新しい生原酒あるで」「もらいます。あ、あとで雑炊」「ほいほい。やあ、響きがいいやね、白星!」「ブランク開きすぎやねん。やっと今季5つめって、遅いっつの」
 盆と正月が一緒に来た風情のカウンタで、ヨシトはどこか長閑な顔でヒロインに答える投手を見ていた。チームメイトたちにどつかれ、困ったように笑う彼は、マウンドに立っていた時とはまるで別人に見える。
「…あれが、エース」
 もりやさんの、と心の中で付け足して。


  彼が 彼に向ける その眼差しの柔らかさと、
  切実さが、すこし痛い。


 小さな針を飲み込んで、ひっきりなしに注がれるビールを笑顔で受けながら、ヨシトはいつか、見てみようと思った。
 彼と彼が、共に戦ったゲームを。

















































 ちょっとリーマンBL風と意気込んだのは秘密で…かすらなかった…
 マサハルくんはわりと引き摺るタイプだったんだな、とか思ってます(笑)
 とりあえず読むと居酒屋に行きたくなります…(私が) 野球中継で盛り上がる居酒屋が描けて楽しかったですね。こんな店あったら通うよ。


2018.4.8収録



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