frozen flower





 夜を彩る雪だけが、告げられることのなかった真実への、餞だった。




 彼は、まるで月のような人だった。


 凛と冴えわたる、青白いその美貌は幻のようで。日々姿を変えてゆき、真実は決して捕らえることが出来ない。
 その遠く不可侵の有り様は、神秘的でさえあった。
 静謐で、流麗で、無情で、得体の知れない…そう、深い闇に浮かぶあの月の如く。非の打ち所なく、生と死を司り、虚無を内に飼っているような。
 夜を従えた、神に愛された自動人形。


 その完全無欠の美しさは、俺に嫉妬を学ばせた。






 サンクトペテルブルグの冬は、厳しい。
 勿論、此処のみならず北の大帝国の冬は大陸でも最も厳しいものだが、それだけではない。大地が、時代が、激動の予兆に満ちていた。英国での産業革命から資本主義の席巻、王制の衰退、民主主義の誕生。そして東ローマ帝国消滅から百年近く。欧州各国が根底から造りかえられ、人々は富に浅ましいほど貪欲になった。列強は帝国主義に侵され、植民地政策に血眼になっていた。ヨーロッパだけでなく、アジア・アフリカ・南アメリカ…各地に戦渦は広がり、刻一刻と、多くの血が流れている。
 世界は、麻のように乱れた。
 
 ロシア帝国も転換期を迎えていた。
 近代化の遅れと南下政策の停滞。農奴解放で産業革命は進展したが、その結果の社会主義の台頭と、動揺する政情の果てのツァーリの暗殺。ロマノフ朝の権威は地に堕ちた。
 当て所ない不満と不安と怒りが、国中に停滞している。
 しかしそれは好都合、とアリョーシャは声に出さずに嘯く。だからどうしたというのだろう。彼にとっては、これは好機であった。この腕一本でのし上がり、守るべきモノを守り、自分の居場所をつくるための。弱冠22歳にして、軍部で一、二を争う狙撃手として将来を嘱望される彼は、そのチャンスを見事に掴もうとしていた。しかしそれでさえ、彼にとっては遅すぎた感は否めない。
  そう、邪魔さえ入らなければもっと…
 と、そこでアリョーシャはさりげなく席を立ち、酒盛りの続く倉庫の出口に向かったところで、声を掛けられた。
「おっ!アリョーシャ、どこへ行く」
「…ちょっとションベン。付いてくるか?」
 いいだけ酔った戦友に、にっと笑って振り返れば、酔っぱらい達は大騒ぎだ。
「やなこった!」「やーん、あたしはついていきたーい」「うるせぇ」「したまま寝込むなよぉ、死ぬぞ」「お前じゃあるまいし、そんなバカな真似するかー」「あんたにバカって言われちゃおしまいさぁ」「なんだとぉ?!」
 がははは、と罵詈雑言は哄笑にかき消されて、皆の関心は一瞬で移ろっていく。アリョーシャは彼らに気取られぬよう、そっと会場を後にした。


 外は雪がちらついていた。
 ぴんと張りつめた冷気は、酒で火照った頬にはかえって心地良い。本当にもよおしたわけではないが、ついでにアリョーシャは用を足す。後ろからは、宴の喧噪が微かに聞こえて来た。兵舎の倉庫で続く見苦しいほどの馬鹿騒ぎも、戦場から帰還した兵士達のつかの間の休息だ。
 鼻の奥に残る、むせ返るほどの血と火薬の匂い。首筋に死の息吹を感じ、腐臭を放つ地獄の淵から戻った男達にとって、今だけが生を実感し、謳歌できる瞬間だった。
 アリョーシャはネヴァ川の冷たい流れを見下ろす。ほうと吐いた息が、夜に白く浮かんだ。
 皆、こうして帰ってくるたびに思うのだ。これが、最後になるかも知れないと。
 …いや、最後にしてなるものか。もうすぐ手に入るはずの栄光と名誉とであっても、心中する予定はない。アリョーシャが自らの栗色の髪に積もった雪を乱暴に振り払い、踵を返す寸前。視界の端に、エルミタージュの方角から歩いてくる、いくつかの影を認めた。
 その中のひときわ艶やかな姿に、アリョーシャは舌打ちし、すぐに背を向けようとした。が、思い直したように進み出ると、大声でその名を呼んだ。
「ジェーニャ!」
 しなやかな影が振り向いて、あの、硝子玉のような青い瞳とアリョーシャの視線が絡んで、5秒。彼は隣の人影に二、三、何か告げるとコートの裾を翻し、こちらに近付いて来る。
 ジェーニャは間合いの僅か外に立つと、そのまま静止した。倉庫から漏れる灯りに、ビスクドールのような貌がぼんやりと照らし出され、肩に掛けたライフルがぬらりと黒く光る。
 二人はしばし見つめ合った。
「…何か用?」
 色のない声は闇に吸い込まれた。アリョーシャは唇を歪めて笑う。
「ふん、随分なご挨拶だな…火、貸せよ」
 と、ジェーニャの目前に煙草をかざした。彼は少し眉をひそめたが、何も言わずに手袋をはずし、ポケットからマッチを取り出す。シュッ、と摩擦音と共に朱い炎が点り、二人の姿が浮かび上がった。アリョーシャは煙草をくわえ、ジェーニャの白い手に顔を寄せる。
 雪の影が淡く舞う。
 ゆらりと、細く煙が漂った。白い煙を目で追いながら、アリョーシャは口火を切った。
「元気そうだな」
「…そっちこそ」
「おかげさまで、今回も五体満足の帰還だ。残念だったな」
 アリョーシャの皮肉な言葉に、反応はない。
「…ご活躍のようだね…また昇進だって、聞いたけど」
「当然だ。ま、戦場には邪魔者がいないからな」
 お前みたいな、と更に煽るが、ジェーニャの表情は全く動かなかった。
 ツァーリ直属の親衛隊のルーキーは、その天賦の才と美貌と無表情で名高い。元はといえば、アリョーシャは彼と共にエリート集団である親衛隊に入隊した。溢れる才気、豊かな能力と野心、百年に一度の逸材と騒がれた二人。しかし両雄並び立たず。隊長ミーシンはジェーニャを選び、冷遇されたアリョーシャは転属を望んで、前線へ。エース・スナイパーとして数々の戦功を上げるに至る。
 二人の不仲は、軍内部でも有名だった。ごく希に顔を合わせる機会があっても、挨拶はおろか、視線さえ合わさずにすれ違う二人だ。だから、こうして彼らが言葉を交わすことがあるなど、誰が想像しようか。
 いつの間にか、雪はやんでいた。暗い川面が僅かに波打つ。
 また、ジェーニャが沈黙を破った。 
「…戦況は、どう?」
「最悪だ」
 苦々しく、アリョーシャは即答する。
「これからもっと酷くなる…地中海は勿論、アジアの方も騒がしい。清国は食い荒らされて…もう保たない」
 いずれ極東で戦争だろう、と。黒々としたアリョーシャの横顔から視線を外し、ジェーニャは俯いた。
 世界の壊れる、音がする。


 雪に蝕まれた街は、暗影を呑み込んでもまだ、白い。


「なぁ、」
 不意に、アリョーシャは穏やかに語りかけた。ジェーニャは顔を上げる。
「お前、戦争が終わったらどうする?」
「…え?」
 アリョーシャは煙草を指に挟むと、ゆったりと微笑んだ。そこからは先ほどの敵意も揶揄も、消えていた。しばらく躊躇った後、ジェーニャはぽつりと呟く。
「故郷に、帰るよ」
「ほう…」
 驚いたように、アリョーシャは顔を振り向ける。道ばたでペンギンに出くわしたような目つきで「どこだっけ?」と聞くと、ジェーニャは静かに、ただいつもよりほんの少し柔らかに答えた。
「ハバロフスクの近く」
「…極東か」
 先ほどきな臭いと、話題にしたばかりの地域だ。アリョーシャは少し目を細めると、再び問うた。
「あっちに残してきたのか…お袋さん、とか…」
「ああ、みんな向こうにいる」
「…いい所なのか?」
 それには「さぁ?」と少し肩をすくめるジェーニャ。
「何もないよ。川と痩せた土地と…あとは山と森ばかりの…夏は蒸し暑くて、冬は本当に寒い。川が、凍るんだ…いま、鉄道を造ってるって…」
「シベリア鉄道か」
「そう…はは、鉄道だって。可笑しいよな…大陸横断する気なんだ。この広い国の端から端まで…」
 ジェーニャはそう言って何処か、自嘲気味に笑ったが、アリョーシャは笑わなかった。
 二人はどちらからともなく、視線をネヴァ川へ投げる。また緩やかに、小さな雪の結晶が夜空から零れはじめた。
「…遠いな」
「そうだね…」
 ユーラシア大陸の遙か果て、9000kmも先の街にも今、同じように雪が降り積もっているだろうか?
「でも…必ず、帰る」
 それはただ強くて重い、言葉だった。
 少し、間があった。
「…俺は逆だな」
 いつになく暗い声音に、ジェーニャがすいと顔を上げると、アリョーシャは川の遙か先を眺めたまま、言葉を紡ぐ。
「ここが…俺の故郷は、この街だ」
 いわゆる貧民街…ココの最下層の出だ。親父は俺が物心つく前に逃げた後で…まぁ、よくある話だな。お袋が必死になって働いたって、俺とばあちゃんと三人、擦り切れるような毎日だったな。生きていくためには何でもやったさ。万引きやひったくりは、お袋達が嫌がったから…犯罪じゃないことは全部。すえた臭いのゴミの山で一日中、がらくたを拾い集めるのも、レストランの裏口で残飯を漁るのも…無縁墓地の死体から使えそうな靴や服を盗むのも…いつしか平気になった。
 訥々と語られる物語は、ここでは別に珍しい話ではないし、そのことは本人が誰よりもよく知っていた。都会の、しかもこの不安定な時勢、貧富の差は激しい。ごく一部の富める者以外の、その他大勢の貧民たちは地面にはいつくばって生きていた。
 爪の先に火をともすような生活。
 暗くて湿った、凍える闇に蹲るような、陽の差さぬ暗渠の汚泥をかき分けるような。
 明日を生き延びられる保証もなく。生きる希望も喜びもなく。助けを求めた声に、応える声はひとつとしてなかった。
「良い思い出なんか一つもないんでな」
 アリョーシャは吐き捨てる。
「戦争が終わったら、必ず、ここから出て行く」
 先のジェーニャと同じくらいの強さと重さで、彼は呟いた。ブルーグレイの瞳が一瞬、燃え立つ。
 その横顔から、ジェーニャは目を逸らした。


「…でな、俺、夢があんだよ」
「え?」
 打って変わった明朗なアリョーシャの声に再び、ジェーニャは視線を戻す。アリョーシャはちらりと彼を見ると、唇の端を上げた。
「恩賞金、たっぷり稼いで除隊したら…どっか片田舎に住んでさ、お袋とばあちゃんと…畑、耕すんだ。朝から晩まで、泥にまみれてな」
 意外な言葉に、ジェーニャは目をしばたいた。
「そんで、丈夫で働き者の嫁さんもらって、ぽろぽろガキつくって…そうだな、フットボールチームが出来るくらいにさ。夜は暖炉の前で子ども達に自慢話、すんだよ。父さんは帝国の英雄だったんだぞ、ッてな。たまーに良い酒をこっそりやって、お袋と嫁さんに「贅沢よ!」って怒られて…そいでいつか…じいさんになったら、近くの酒場で昔の仲間とちびちび飲んで、だらだら昔話だ。はは。あの頃は若かった、って、毎日毎日、飽きもしねぇで」
 あたたかくて、しあわせな、あしたのために。 
「二度とそんなもん、持たないですむ生活が、夢なんだよ…良い夢だろ?」
 顎の先でジェーニャのライフルを示して、アリョーシャは再びにやりと笑った。
 煙草から灰が、落ちる。それを追うように、雪の結晶が落ちてゆく。
 ジェーニャは微かに頷いた。
「…そうだね」
「…だろう」
 二人は揃って闇色の川を眺め、儚く翻る白い雪を数えるような。
「極東か…お前の故郷とか、いいかもな。ここから遠いし」
 ほろりと、アリョーシャは口ずさんだ。ジェーニャは珍しく小さく笑って、応える。
「どうかな…農業はあんまり…ああ、でも」
 そこで一度口をつぐむと、彼は目を細める。遠く、恒久の故郷の夢を見るように、歌をうたう。
「収穫期の夕暮れは、綺麗だったよ。麦畑が…山も森も川も…金色になって…」
 遙か東の大地、黄金色に光る稜線と豊かな森。
 緩やかな風にさらさらと揺れる水面と、頭を垂れる麦たち。
「…そうか」
 アリョーシャは、静かに語るジェーニャの横顔を見つめながら、


「きっと…お前の髪のみたいな、色なんだろうな」


 そう言って、華やかに笑った。
  雪が、
 アリョーシャはとっくに火の消えた煙草を指で弾くと、「じゃぁな」と言い残し、あっさりと背を向ける。
 その背中を無言で見送って、ジェーニャは呆然と立ち尽くした。
 風のない、ほの暗い夜に。
「…遅いよ…」
 無数の雪が、天地を隙間なく侵してゆく。
「もう遅いんだ…アリョーシャ…」
 ジェーニャはそう呟いて、独り、佇む。
 立ち去った彼の気配が消えた後も、たったひとり。
 夜が更ける。


 ロシア帝国の終焉は、近い。






 彼は、まるで太陽のような人だった。


 その圧倒的な灼熱と引力で、周囲の全てを引き寄せずにはいられない…いや、惹きつけなくては気が済まない。
 自分が世界の中心でなければならないと、思い定めているような。
 苛烈で、豪奢で、高慢で、俗物で…そう、まさにあの太陽の如く。熱くて、激しくて、切ない。朝焼けの清浄も、夕日の残酷も。何にも恥じることなく、ただ強く。
 大地に君臨する、王者のようだった。


 その唯一無二の存在感は、私に楔を打ち込んだ。






  『密告』




「内通者、ですか」
 アリョーシャの硬い声に、准将は「そうだ」と重く、苦く首肯する。
 執務室の限られた光量では陰影が濃すぎて、お互いの表情は判然としない。交わされる言葉も余りに暗く、足の長い絨毯に紛れてわだかまる。
「それは確かな情報ですか?…こちらの動揺を誘う罠という可能性は…」
「信憑性は高い。残念な…実に残念なことにな」
 冷酷無比な上官にしては希有なことに、ため息さえ吐きかねない風情で。アリョーシャは強く眉根を寄せる。
 勿論、軍にとって情報漏洩は最も重大かつ危機的な事件ではあるが、この准将をしてこれほど動揺させるとは。そして、そのこと自体がこの問題の大きさと、自分に白羽の矢が立てられた理由に繋がることを、アリョーシャはひしひしと感じていた。
「誰ですか?」
 スパイ容疑を掛けられた同胞の名を、問うた。
 一瞬、ランプの光と二人の間の空気が、揺らぐ。
「…君もよく知っている人物だ」
 そこで准将は小さく息を吐き、
「彼の名は、」




  『罠』


 
  深まる疑惑
  捏造された機密
  意図された破綻
  仕組まれた、罠と


  賽は、投げられた




  『裏切り』




 四年前のあの時と同じ、凍てついた夜に。

 そんなことは、と。
 この期に及んで、頭の中で繰り返される言葉が、アリョーシャの混乱を物語る。第一報からずっと、そしてついさっき、この手で引き金を引いた…今でも。
 スパイを燻り出す作戦は淀みなく遂行された。アリョーシャ達は確実に売国奴を追い詰めて、今夜。
 雪と石畳を蹴って疾駆するアリョーシャは、それでもなお、無言で叫ぶ。
 そんなことが、あるわけがないと。
 あるはずがないのだ。
 しかし彼は知っている。標的を照準に収めたとき、彼の天性の動体視力と鋭敏な感覚は、影の正体を一瞬で見抜いていた。そして、その時にはもう、
 弾丸は、彼の右肩を撃ち抜いた。
 あの瞬間の感触と閃光がアリョーシャの身を震わせ、全てが暗転してゆく。


 切れ切れの 遠く色褪せない記憶が
 初めて出会った朝の ダイヤモンド・ダスト
 共にサッカーボールを追いかけた 午後の太陽
 初めて支給された制服に 袖を通した姿と
 本気で殴りつけたときにも全く動じなかった 碧い双眸
 そして 四年前の夜に見た 故郷を謳う あえかな笑顔を


 アリョーシャは逃亡したスパイを追い、戒厳令下のサンクトペテルブルグを奔った。


  なぜ 何故 なぜだ どうして
  どうして お前が
  よりによっておまえが
   なぜ?
  騙していたのか
  祖国を ツァーリを 民を 仲間を
  …俺を
  裏切るというのか
   ああ ほんとうはずっと
  
  お前がいなければ きっと 明日の尊さに気付かなかった


 「ジェーニャ!」


 ふっと、羽毛のような、雪が。


 
 遂に。
 街の片隅、小さな広場で二人は向き合った。
 二人の荒い呼吸が夜気に白く漂っては、消えてゆく。
 アリョーシャは彼に銃口を突きつけている。手負いのジェーニャは雪の上に両膝をつき、追跡者を見上げていた。右肩は真紅に染まり、足下に鮮血が散っている。
 二人の間には、ほんの数メートルの距離と、純白の雪と、静寂。
 多くの失血で、ジェーニャの顔はいつにも増して白かったが、ひどく穏やかな目をしているというのに。一方、アリョーシャの引き締まった相貌は蒼白で、悲愴でさえあった。
「…何故だ…?」
 低く軋んだ声に、ジェーニャは微笑んだように見えた。
「どうして…お前が…」
 ギリギリと、奥歯を噛みしめるアリョーシャに、彼は深い沈黙で応える。アリョーシャは首を振る。何度も。
「……家族を…人質を、取られたか…?」
 ジェーニャは答えない。アリョーシャの苦痛に歪んだ顔を、ただ見つめる。問いが空虚であることも、理由が無意味であることも、二人にはわかっていた。
 それでも、と。わかっていてもなお。


「お前は祖国を…俺を、裏切った…!」


  ずっと 嘘を吐いていた
  最初から
  あなたも 師も 陛下も 祖国も欺いていた
  騙していたのだ
  だから これは当然の報いで
   福音だった
  そんな顔を させたかったのではない
   ああ それでも


  あなたに会わなければ もっと早く 見失うことが出来たのに




 軽やかな雪が無口に踊る。
「アリョーシャ」
 ジェーニャは彼の名を囁く。
 そして、まっすぐ顔を上げたまま、呆然と立ちすくむアリョーシャの瞳に、告げた。
「撃て」
 操られるように、アリョーシャは銃口をジェーニャの額に向ける。ぎこちない動作で、しかし堅固に構え、引き金に指をかける。それを確かめると、ジェーニャは大きく息を吸い、ふわりと、
 笑った。




   愛している




 乾いた銃声が、夜を裂いた。


 ジェーニャ、ジェーニャ、と。繰り返し、繰り返し…その名を叫びながら、崩れ落ちる体を抱き止める。
 白い額から紅い血が、つるつると落ちていく。それでも、ジェーニャは仄かに笑んでいた。アリョーシャがほとんど目にしたことのなかった柔らかな顔に、ひらりひらりと雪の結晶が舞い落ちて、消える。
 遠くから、警笛と怒号が近付いてくる。
 しかしそれはもう、アリョーシャの耳には届かない。震える手で磁器のような頬をなぜると、ジェーニャの髪がさらりとこぼれて。
 アリョーシャの絶叫が、谺した。




    愛している




  嗚呼 もし許されるなら
  東の果て 約束の大地が 金色に輝く
  終わらない 夢を


 
     愛している
  


 しんしんと、雪が降る。
 あの日のように、夜を埋め尽くすまで。




  そうして
  届かなかった明日が 二人の墓標となる












END




















 すごくシチュエーションにおんぶに抱っこの一編でした。
 傑作SF少女漫画とネタがかぶってるのはオマージュということで…とりあえず、たくさん雪が書けてよかったっス。(それだけだ…)


2006.11.30



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